2021年3月、国土交通省が不動産業界に対してTCFD対応を要請したことを受け、気候変動リスクや再生可能エネルギー導入目標の開示の必要性が高まっています。気候変動問題の不動産分野への影響、また、求められている対応とは何なのでしょうか。
- 気候変動問題をめぐる動向
- 不動産事業は、気候変動に敏感なビジネスモデル
- 不動産企業に求められるTCFD対応
- 具体的に、何から始めるべきか?
- まとめ
気候変動問題をめぐる動向
2015年にフランス・パリで開催された国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)にてパリ協定が採択されて以降、気候変動への対応を巡る議論はますます盛んになっています。日本でも2020年10月、菅元総理は、2050年のカーボンニュートラル・脱炭素社会を目指すことを宣言しました。
国際機関や政府の気候変動対応の高まりを受け、投資家やNGOといった様々なアクターが気候変動問題の解決に向け取り組んでいます。こういった対応の機運の高まりは、不動産を扱う企業にとって何を意味するのでしょうか。
不動産事業は、気候変動に敏感なビジネスモデル
不動産事業の2つの脆弱性
不動産は気候変動の影響にとても敏感な事業です。大きな理由の一つは、長期間にわたって固定されるために気象災害の被害に合いやすい、“不動産”というアセットです。気象に関するある研究では、今世紀末までに、“滝のように降る豪雨”(1時間降雨量50mm以上)の発生回数が2倍以上に増加する予測 [1] があるなど、気象災害の頻度と激しさは今後さらに深刻化すると考えられています。一度建設された不動産は数十年に及ぶサイクルで使用されるため、現在の水準に沿った風水害対策も数十年後には不十分になり、建物損壊や事業停止に繋がります。
理由の二つ目は、ステークホルダーの多さです。消費者や投資家に加え、用地取得に際しては地主や地域住民、建築に際しては建設業者、また管理・運営の局面では管理会社や仲介業者、テナント等との関係性が重要になります。以下で述べるているように、不動産への気候変動の影響を警戒するステークホルダーから反発を受けることで、事業の収益低下に繋がる可能性があります。
国からの規制対象にも
気候変動の不動産事業への影響は、上記だけではありません。環境省によると、事務所ビルや商業施設を指す「業務部門」からのCO2排出量は、2016年度時点で日本全体の約2割を占めており、また、経済成長に対するCO2排出量も他の部門に比べて最も増加が顕著であることから [2]、不動産業界は国の規制の対象にもなり得ます。実際、2016年5月に閣議決定された地球温暖化対策計画で、「建築物については、2020年までに新築公共建築物等で、2030年までに新築建築物の平均でZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)を実現することを目指す」ことが掲げられました [2]。
不動産分野は、気候変動に対して多くのリスクを抱える
上記のような事情を背景に、不動産業界は、炭素税などの規制導入による運用コスト増加、気象災害を警戒するステークホルダーの反発による評判低下、事業リスクを警戒する投資家・金融機関からの評判低下など様々なリスクを抱えており、気候変動の影響に非常に敏感な分野なのです。
不動産企業に求められるTCFD対応
国交省は、不動産業界へ情報開示を求める
2021年3月国土交通省は、不動産業界が気候変動リスクへ対応することを求めるガイダンスを公表しました。ガイダンスでは、不動産分野の企業が、「TCFD提言」の基準に沿って情報開示を促しています [3]。「TCFD提言」とは、2015年にG20傘下の金融安定理事会によって設立された気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:TCFD)が、気候変動への取組みや財務への影響などの情報開示を促すことを提言したものです。
TCFDに沿った情報開示を
2021年6月5日、G7各国は「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の枠組みに基づき、各国の国内規制に沿いつつ、企業などに気候関連の財務情報の開示を義務付ける方向に進むことを支持する」ことを発表しました。現在、TCFDは気候変動関連の情報開示の基準として国際的に最も認知されており、海外では開示義務の法制化が進んでいます。
具体的に、何から始めるべきか?
2021年3月の国交省による不動産分野への通達を皮切りに、日本においても気候リスクや再エネ導入目標の開示の必要性が高まっています。実際に、3月以降、不動産企業様からのお問い合わせを多くいただくようになりました。弊社では、TCFD提言に則った気候変動に関する情報開示支援や、バリューチェーン全体の温室効果ガス排出量削減支援などを行っています。
現在弊社では、不動産業界に特化したTCFDの解説セミナーを開催中です。TCFDの概観を理解し、対応の具体的なステップを把握したい不動産関連企業のご担当者様は、セミナーページからお申込みください。また業界や内容を問わず、気候変動リスクへの対応について課題を感じているご担当者様は、フォームからお問い合わせください。
まとめ
- 気候変動問題は2015年のパリ協定採択によりさらに注目を集め、日本でも2020年10月、「2050年カーボンニュートラル宣言」が発表された。
- 不動産事業は気候変動に敏感なビジネスモデルであり、業界への影響は悪化し続けるリスクがある。
- 不動産企業は、国際的に最も認知度の高い「TCFD提言」に則り、気候変動関連の情報開示を進めることが国からも求められている。
以上、気候変動問題をめぐる動向、気候変動の不動産分野への影響、そして企業に求められるTCFD対応について解説しました。
参考URL
[1] 気象庁(2017)「地球温暖化予測情報 第9巻」https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/GWP/Vol9/pdf/all.pdf
[2] 環境省「 ZEB化、省エネ化の必要性」http://www.env.go.jp/earth/zeb/detail/02.html
[3] 国土交通省(2021)「不動産分野におけるESG-TCFD実務者WG」https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/totikensangyo_tk5_000215.html
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