この記事では、当社が考えるTCFD開示の好事例を解説します。TCFD開示は一朝一夕で済むものではなく、通常は、数年かけて徐々に開示の質を向上させていきます。今回は、開示状況のフェーズを当社の基準で3つに分類し、各フェーズごとに開示の好事例を紹介します。自社の開示のアウトプットを想定する一助になることができれば幸いです。

目次
  • 開示の選定にあたって
    • 今回は自社HPでの開示に焦点
    • 開示状況のフェーズ分類
  • フェーズ1の開示の解説
    • ファンケル
    • メンバーズ
  • フェーズ2の開示の解説
    • ヒューリック
    • SUMCO
  • フェーズ3の開示の解説
    • 日立製作所
    • パナソニック
  • まとめ

開示例の選定にあたって

今回は自社HPでの開示に焦点

企業の開示はどこで誰に何を伝えるのかがポイントになりますが、とりわけTCFD開示においては、作成コストの観点から、まずは自社HPでの開示を充実させることを推奨します。そのためこの記事ではHP開示に焦点を当てて事例を紹介していきます。

有価証券報告書では投資家に対して、企業がさらされている気候関連のリスクと機会に関する情報および財務情報の開示を行います。CDPでは投資家に対して、文章まで含めた詳細なTCFD開示を行います。そして、CGコードでは投資家や東証に、レポートや自社HPでは投資家や一般に、TCFD開示のポイントを簡潔に記載し開示します。

これら開示媒体のうちHPが最も手軽でアクセスされやすいので、まずはHP開示を充実させることが推奨されます。今回の記事は、HP開示に絞って解説します。

開示媒体と特徴

サステナビリティ情報の開示媒体の種類と特徴
弊社作成

開示状況のフェーズの分類

開示例の選定にあたり、TCFD開示の進捗状況を3つのフェーズに分類しました。今回の記事では、このフェーズごとに数社をピックアップし、それぞれの開示を解説します。

フェーズ1はTCFD対応を開始してから3ヶ月ほどの企業、フェーズ2は1年近くかけてTCFD対応を行ってきていて財務影響の算出もある程度完了している企業、フェーズ3は数年前からTCFD対応をしていて更なる開示の質の向上を目指している企業、という分類です。

この記事をご覧いただいている担当者様も、自社の対応状況がどのフェーズにあるのかを把握したうえで読み進めていただけたらと思います。

TCFD対応のフェーズとその特徴

TCFD対応のフェーズとその特徴
弊社作成

フェーズ1の開示の解説

フェーズ1は、TCFD対応をはじめてから3ヶ月ほどの企業で、TCFDの要求事項の全てには対応ができていない状況を想定しています。

このフェーズの企業はまず、「現状どこまでTCFD提言の項目に対応できているか」を明記し、その上で、「現状から開示の質を向上させるために、これからどんな項目を開示するか」を示すことが高評価のポイントです。可能であれば、粗い粒度であっても、財務影響までを開示することが望ましいです。

ファンケルの開示例

「気候変動対応が、現状どこまでできているか」の開示に関しては、ファンケルの開示が参考になります。

ガバナンス

まずガバナンスに関して、現状、気候変動関連の議題が自社の組織でどのように扱われ意思決定に反映されているかを開示しています。「TCFD開示で高評価を得るには? GPIF運用機関から見たTCFD開示の好事例解説」でも解説しているように、ことTCFDのガバナンスの開示においては、実際に機能しているガバナンス体制が設置されているかどうかを訴求することがポイントです。

ファンケルのガバナンスの開示
出所:ファンケル[1]

リスク管理

リスク管理も同様に、どこまで対応できていて、どこまでできていないのかを開示していることがポイントです。ファンケルは、「短期・中期のリスク識別にとどまっており、また財務影響などの定量的な分析は十分とは言えませんが」[1]と現状の開示の不足を客観的に認識しています。その上で、「先進的な企業の取組みを手本としつつ、外部の知見等を有効活用してこれらの不足を補い、TCFDが推奨する情報開示に内実ともに沿えるよう努めます」[1]と記載し、将来的に開示の質向上に努める姿勢を明記しています。このような開示方法によって投資家からの高評価が期待できます。

ファンケルのリスク管理の開示
出所:ファンケル[1]

戦略:リスクと機会

TCFD4要素「戦略」のうちの「リスクと機会」に関しては、定性的な開示に留まっているものの、「できているところまでを開示する」ことは、何も開示しないよりはベターでしょう。ファンケルは各部門の業務における影響を記載していますが、TCFDにおける「リスクと機会」への対応では本来、自社への財務影響を算出する定量的な開示までが求められます。

リスクと機会の洗い出しに関しては「TCFD開示における「リスクと機会」とは?基本の考え方から開示例まで解説!」をご覧ください。

ファンケルのリスクと機会の開示
出所:ファンケル[1]

メンバーズの開示例

続いてデジタルマーケティング事業を行うメンバーズの開示を紹介します。メンバーズは、TCFD4要素「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の現状までの対応をバランスよく開示している点が評価ポイントです。

ガバナンス

ガバナンスについては、「サスティナビリティ推進委員会」と「リスク・コンプラ委員会」と「グループ経営会議」が連携して取締役会に報告する、というプロセスの開示ができている点がポイントです。

出所:メンバーズ[2]

また、各会議体や体制が担っている役割についても解説されています。

出所:メンバーズ[2]

戦略:財務影響

リスクと機会の定量的な開示に関しては、粗い粒度ではあるものの財務影響までを算出しています。環境価値証書価格をリスクとして、1.5℃〜2℃の気温上昇シナリオでは約1億円のコストがかかるとしています。

出所:メンバーズ[2]

戦略:定性開示

リスクと機会の定性的な開示については、各区分ごとに想定される事象を記載した上で、自社への影響がどの程度あるのかをコメントしています。例えば、下表の「現在の規制」における「当社へのリスク」として「現在の規制に関する当社への影響は小さい旨の判断を行いました」[2]と記載しています。

ここでは、“影響が小さい”ことを開示していることがポイントです。影響が小さいから開示をしないのではなく、“影響分析をした結果小さいことが分かった”という事実を開示している点が、リスク回避を重視する投資家からの高評価につながります。もとより、中規模のリスクがあるならばその旨を記載します。

機会も同様に、想定される機会とその影響についても開示しています。

出所:メンバーズ[2]

リスク管理

リスク管理分析については、「リスクと機会」にて洗い出した影響に対して、どのような組織体がどのような対応をしているかが記載されています。

出所:メンバーズ[2]

指標と目標

最後に「指標と目標」です。下表のように、温室効果ガス排出量削減の実績値と削減目標値を開示しています。アセットが少ない、工場などがないような企業様はとても参考になるのかなと考えております。

出所:メンバーズ[2]

フェーズ1まとめ

このように、フェーズ1の企業においては、どこまで対応しているかの現状を開示することがポイントです。開示までの具体的なステップ等は、TCFD概観セミナーでもよくお伝えしています。もしくは、こちらのフォームからお問い合わせいただければ個別にお答えいたします。

フェーズ2の開示の解説

次にフェーズ2の企業の事例を解説します。フェーズ2は、1年近くかけてTCFD対応を進めてきており財務影響も算出済みの企業を想定しています。

ヒューリックの開示例

ヒューリックのポイントは、TCFD対応の目的を自社で能動的に設置していることを明記していること、そしてHPにおける開示のアクセスのしやすさ、の2点です。

戦略

ヒューリックは、「戦略」への対応を、自社が能動的に設定した目的のもとに行っていることを開示しています。能動的に対応を進めることは、積極性のアピールになります。

例えば、「気候変動に関する複数シナリオを用いて、当社の戦略に当たるリスクと機会の影響を分析し、経営計画や基本戦略の変更要否など当社の現在の戦略のレジリエンスを検討しました」[3]との記載や、「この結果、国有物件の耐震防災環境対策、脱炭素取り組みを実施している当社において、影響が大となると気候変動リスクは使用したシナリオの移行リスク、物理リスクともになく、当社の事業は持続可能で、戦略にはレジリエンスがあると判断されました」[3]と記載されています。

このように、求められているからやっているというよりも、あくまでも自社が能動的に、「気候変動がもたらす影響の大きさを勘案し、経営計画や基本戦略の変更の必要があるかを検討するために活用している」点を明確に記述していることは高評価につながるでしょう。

開示へのアクセスのしやすさは評価ポイント

またヒューリックはHP開示の特性を活用していて、下のキャプチャのように、TCFD提言の4要素11項目についてサイト内の該当の掲載箇所のリンクが添付されている点は、参考になるはずです。

どこに何が記載されているのかの分かりやすさというのは、「TCFD開示で高評価を得るには? GPIF運用機関から見たTCFD開示の好事例解説」でも紹介したように、資産運用機関からの高評価の対象になっています。

出所:ヒューリック[3]

SUMCOの開示例

次に、半導体用のシリコンウェハーなどの製造・販売をしているSUMCOの開示例です。SUMCOは2021年4月にTCFD賛同*をしています。

*TCFD賛同については「TCFD賛同のメリットとは?開示との違いや、賛同の手続きをわかりやすく解説」を参照。

ガバナンス

ガバナンスに関しては、どの組織体が気候変動の課題を扱っているかについて簡潔に記載されており、体制図については、自社の環境関連の組織体制を図示したページや、年次報告書の該当の該当のページに飛ぶリンクを挿入しています。

出所:SUMCO[4]

戦略

戦略については、SUMCOはまずリスクと機会を洗い出した上で、青いハイライトがされている3項目に関してシナリオ分析の段階で詳述するとしています。

出所:SUMCO[4]

シナリオ分析

シナリオ分析に関しては、上図の「リスク及び機会」の中から影響力の大きいものを抽出し、それぞれについて記述しています。

一つ目が炭素税です。炭素税導入による事業コストの増加に関しては、財務影響の数字も算出しており、コスト削減案まで記述しています。

二つ目に省エネです。SUMCOはこれを機会として、再エネ高度化における省エネ関連設備の需要拡大があると想定しています。この省エネ需要拡大について、財務影響の数字自体は算出していない一方で、市場規模、成長が有望な技術、影響のありそうな環境を、定性的ではあるものの網羅的に記載しています。財務影響まで開示することが理想ではありますが、将来の影響を定性的に記述することでも十分な開示であると考えています。

三つ目のEV普及についても同様で、定性的な将来予測を記述しています。投資家に対して、自社が認識しているリスクと機会を認識を提示するうえでは、模範的な開示方法であると考えております。

フェーズ3の開示の解説

最後に、フェーズ3の参考事例を紹介します。これまでに数年かけてTCFD対応を進めてきており、今後さらに開示の質を向上したい企業を想定しています。

このフェーズにある企業が開示に磨きをかける場合、シナリオに企業の独自性を加えることで自社のレジリエンスを詳細に開示することが評価ポイントになると考えています。

豊富にある事業ごとにシナリオ設定を行っている日立製作所や、シナリオの設定方法自体がユニークであるパナソニックの事例を解説します。

日立製作所の開示例

日立は鉄道システム事業、自動車関連事業、水システム事業、発電・電力ネットワーク関連事業、情報システム関連事業と、大きく5つに事業を区切り、各事業ごとに2℃シナリオ、4℃シナリオなど複数のシナリオを記載しています。加えて、「環境以外のファクター」として、経済情勢、人口動態、技術革新などの要素も記述しています。

単一でなく複数、さらに環境以外の要素も含めたシナリオを想定することは、自社のレジリエンスをアピールする上で非常に有効でしょう。TCFD開示を重視している投資家も、気候変動のみを考慮しているわけではないため、シナリオにおける納得感や安心感が増します。

TCFD対応を開始してから2〜3年目の企業においては、事業ごとに区切り、さらに2℃・4℃の温度帯以外の要素も含めてシナリオを作成することも、重要であると考えています。

出所:日立製作所[5]

パナソニックの開示例

最後にパナソニックの事例を紹介します。パナソニックの開示で特徴的なのは、シナリオ分析にあたって独自の4象限マトリックスを作成している点です。

リスクと機会

パナソニックは「気候変動がもたらす影響」と「気候変動対策がもたらす影響」の2軸から想定される観点を洗い出し、そこからリスクと機会を抽出しています。そのリスクと機会の項目の中に、自社事業へのインパクトを記載しています。

出所:パナソニック[6]

独自のインパクト分析

また、気候変動を取り巻くリスクについて独自の分類もしています。この中から特に影響力の高い要素として、「サーキュラーエコノミーへの転換」「クリーンエネルギーの普及」の2つを抽出しています。

出所:パナソニック[6]

独自のシナリオ分析

この2つの事象をxy軸として、4象限マトリックスを独自で案出しています。下図にあるように、それぞれA脱炭素循環型社会、B低炭素大量消費社会、C化石依存循環型社会、Dエントロピー増大社会として定義しており、IPCCの1.5℃・4℃シナリオとも対応させています。さらに各社会像における自社へのリスクと機会も洗い出しています。

さらに、パナソニックの事業自体が各社会像に直面した際にも対応可能であると記載していて、気候変動に対する自社のレジリエンスをアピールしています。

このように、独自で考案したイメージのしやすいシナリオを定義し、そのシナリオに対して自社がいかにレジリエンスを有しているかを提示している点がポイントです。

出所:パナソニック[6]

フェーズ3まとめ

このようなフェーズ3の企業様におかれましては、これまでに自社で洗い出したリスクと機会の項目に対しての対応策を自社の戦略として結びつけつつ、事業ポートフォリオごとの開示の検討をしていくのがよいと考えています。

まとめ

以上この記事では、TCFD対応を始めてからの期間ごとにフェーズを分類し、各フェーズの開示の好事例を紹介しました。TCFD提言への対応は取り掛かってからすぐに完了するものではなく、通常は数年かけて徐々に洗練させていくものです。今回の記事が、担当者様のTCFD対応に貢献することができるのであれば大変光栄です。

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参考文献

[1]株式会社ファンケル「サステナビリティへの対応ーTCFD」URL:https://www.fancl.jp/sustainable/environment/tcfd/index.html

[2]メンバーズ「TCFD提言への対応」https://www.members.co.jp/company/tcfd/

[3]ヒューリック「TCFD提言に即した情報開示 戦略」https://www.hulic.co.jp/sustainability/ecology/tcfd/strategy.html

[4]SUMCO「TCFD提言に基づく開示」https://www.sumcosi.com/csr/tcfd.html

[5]日立製作所「気候変動関連の情報開示(TCFDに基づく開示)」https://www.hitachi.co.jp/environment/tcfd/TCFDjp.pdf

[6]パナソニック「環境:シナリオ分析による戦略のレジリエンス」https://holdings.panasonic/jp/corporate/sustainability/environment/governance/resilience.html

リクロマ株式会社<br>
リクロマ株式会社

当社は「気候変動時代に求められる情報を提供することで社会に貢献する」を企業理念に掲げています。

カーボンニュートラルやネットゼロ、TCFDと言った気候変動に関わる課題を抱える法人に対し、「社内勉強会」「コンサルティング」「気候変動の実働面のオペレーション支援/代行」を提供しています。

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