どうなる?ロシアによるウクライナ侵攻後のESG、TCFD

2022年2月下旬にロシアがウクライナ侵攻を開始して以降、人道被害だけでなく、社会経済的にも深刻な影響をもたらし続けています。この記事では、今回のウクライナ情勢が企業のESG対応やTCFD開示にもたらす影響について、IPCCの資料やセクターの動きを概観しながら解説します。

要旨

ウクライナ情勢に代表されるような地域対立の状態が続くと、気候変動対策の進捗は遅れるとIPCCは予測しています。各国はエネルギー安全保障を優先する動きを見せています。石油業界、特にOPECプラスは増産の動きを見せています。金融業界に関しては、短期的な化石燃料回帰の扱いに関して議論が盛んになっています。

ただ、企業の情報開示に関しては、現時点で議論が後退していることはありません。むしろ、3月21日にSEC(米国証券取引委員会)が投資家向け気候関連開示の規則改訂案を公表し、3月31日にIFRS財団が「サステナビリティ関連財務情報開示における全般的要求事項」「気候関連開示」の公開草案を公表するなど、TCFDに代表される気候変動関連開示基準への対応の必要性は未だ高い状況が続いています。

地域対立が進むと気候変動対策は後退(IPCC予測)

IPCCの報告書の中では、上記のグラフに記載されているSSP1-1.9~SSP5-8.5の5つのシナリオが代表的なものとして採用されており、それらは社会経済状況を予測したシナリオであるSSP(Shared Socioeconomic Pathways)に基づいています。SSP1(サステナビリティ)シナリオが目指すべきシナリオと言われている中で、SSP3(地域対立)やSSP5(化石燃料集約型の開発)が避けるべきシナリオだと考えられています。

IPCC[1]より

それらのシナリオの中で、ウクライナ情勢を踏まえた現代に最も近いのがSSP3シナリオではないかと言われています。ここでSSP3シナリオの叙述シナリオの一部を引用します。

ナショナリズムの復活、競争力と安全保障への懸念、地域紛争により、各国はますます国内問題、あるいはせいぜい地域問題に焦点を当てるようになっている。この傾向は、限られた数の比較的弱い国際機関によって強化され、環境問題やその他の地球規模の問題に対処するための協調や協力にもばらつきが見られる。特にエネルギー資源と農業市場における貿易障壁など、国内および地域の安全保障の問題を重視するように、政策が時とともに変化している。各国は、より広範な開発を犠牲にして、自国内でのエネルギーと食糧の安全保障の目標達成に注力し、いくつかの地域では、高度に規制された経済を持つより権威主義的な政府形態へと移行している。
                 ーー中略ーー
環境問題への取り組みに対する国際的な優先順位が低いため、一部の地域では環境悪化が深刻化しています。開発の妨げと環境問題への関心の低さが相まって、持続可能性に向けた進展が不十分である。人口増加率は先進国では低く、途上国では高い。資源集約度と化石燃料依存度の高まり、国際協力の困難さ、技術革新の遅れは、緩和への大きな挑戦となる

O’Neill et al. [2]

上記のシナリオには、昨今のウクライナ情勢と似通っている点が多く見受けられます。仮に現在このシナリオに沿っているのであれば、1.5℃または2.0℃に温度上昇を抑えるという気候変動対策の実現可能性は下がってしまいます。

各セクターの動き

各国政策に関してはエネルギー安全保障の確保が最優先

資源エネルギー庁資源・燃料部[4]より

上の表は各国の化石燃料に関するロシアに対する依存度です。特にドイツの依存度は高く、ロシア産の化石燃料に頼らない形で電力を賄う必要が出てきました。2022年3月28日付の日経新聞によると、独発電最大手RWEは停止した発電所の再稼働や、停止が決まっている発電所の運転延長を検討しているといいます。[5]これまで脱炭素で先行していたドイツがこのような検討を始めたことは、大きな注目を集めました。

その後、5月4日に欧州委員会がロシア産石油の禁輸に踏み切る方針を示し、同月18日に詳細な計画を公表しています。エネルギー効率の改善、再生可能エネルギーの利用拡大、ロシア産以外の原油およびガス供給国の確保の3点が主眼となっています。[6]

石油業界は増産方針

2022年6月2日付の日経新聞によると、OPECプラスが7月と8月の増産幅を従来の日量43万2千バレルから64万8千バレルとすることで合意しました。ロシアのウクライナ侵攻による原油高に端を発する世界的なインフレを憂慮して米国が増産要請を行ったことに、OPECプラスが応える形になりました。[7]

投資家サイドのESG投資への対応は様々

まずはESG投資の火付け役となったPRI(国連責任投資原則)の対応を紹介します。PRI は国連の支援を受けている組織であるため、国連から伝達される今後の決定や立場を観察し、支持するという言及にとどめています。[8]

次に、世界最大の資産運用会社としてESGを先導してきたBlackRockの動きに関して、5月に補足公表した気候変動関連提案についての議決権行使方針が大きな話題を呼びました。この提案の中で、「多くの提案は企業にとって規範的あるいは抑制的で、長期的な株主価値の増大につながらない恐れがある」ため、「21年よりも相対的に少ない支持になるだろう」と明記しています。[9]

また、著名投資家であるウォーレン・バフェット氏率いる米投資会社バークシャー・ハサウェイは4月30日に開いた年次株主総会の中で、1~3月期に計約510億ドル(約6兆6000億円)を投じ、米石油大手シェブロンやオクシデンタル・ペトロリアムなどの株式を大幅に積み増しすることを発表しました。[10]

気候変動関連開示は加速

2022年3月21日にSEC(米国証券取引委員会)が投資家向け気候関連開示の規則改訂案を公表しました。規則改定案では、TCFDやGHGプロトコルをベースに作成される非財務情報とTCFDに基づいた気候関連の非財務情報と、財務影響額の情報開示が求められています。この規則改訂案の対象企業は最終的にはSECに登録している企業全てとなるので、大きな影響力を持っています。[11]

2022年3月31日には、IFRS財団の国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が「サステナビリティ関連財務情報開示における全般的要求事項」「気候関連開示」の公開草案を公表しました。昨年11月に公表されたプロトタイプへの意見募集を踏まえて、今回の公開草案が発表された形になります。[12]

省庁の議論に関しても、継続的に議論が進んでいます。経済産業省の「非財務情報の開示指針研究会」や、金融庁の「サステナブルファイナンス有識者会議」や「ESG評価・データ提供機関等に係る専門分科会」の議論はウクライナ情勢後でも活発的に行われています。

プライム市場上場企業への気候関連情報開示の流れに関しても、現時点で延期の可能性を示唆する動きは見られていません。

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参考

[1] IPCC, 2021: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [MassonDelmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M.I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T.K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu, and B. Zhou (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, pp. 3−32, doi:10.1017/9781009157896.001.

[2] O’Neill, B. C., Kriegler, E., Ebi, K. L., Kemp-Benedict, E., Riahi, K., Rothman, D. S., … & Solecki, W. (2017). The roads ahead: Narratives for shared socioeconomic pathways describing world futures in the 21st century. Global environmental change, 42, 169-180.

[3] Riahi, K., Van Vuuren, D. P., Kriegler, E., Edmonds, J., O’neill, B. C., Fujimori, S., … & Tavoni, M. (2017). The shared socioeconomic pathways and their energy, land use, and greenhouse gas emissions implications: an overview. Global environmental change, 42, 153-168.

[4] 資源エネルギー庁資源・燃料部 (2022/04/22). 化石燃料を巡る国際情勢等を踏まえた新たな石油・天然ガス政策の方向性について.

[5] 日本経済新聞 (2022/03/28) 独電力大手が石炭火力回帰 RWE、ロシア産ガス代替へ

[6] ジョナ・フィッシャー (2022/05/19). EU、ロシアの燃料からの脱却計画をさらに公表. BBC

[7] 日本経済新聞 (2022/06/02) OPECプラス、増産拡大で合意 日量64.8万バレル

[8] PRI (2022/03/02) Russian invasion of Ukraine

[9] 小平龍四郎 (2022/06/01) 誰がためのESG投資. 日本経済新聞

[10] 時事ドットコム (2022/05/01) バフェット氏、積極姿勢へ転換 6.6兆円投資、石油株積み増し

[11] SEC (2022/03/21) Statement on Proposed Mandatory Climate Risk Disclosures

[12] IFRS (2022/03/31) ISSB delivers proposals that create comprehensive global baseline of sustainability disclosures

リクロマ株式会社<br>
リクロマ株式会社

当社は「気候変動時代に求められる情報を提供することで社会に貢献する」を企業理念に掲げています。

カーボンニュートラルやネットゼロ、TCFDと言った気候変動に関わる課題を抱える法人に対し、「社内勉強会」「コンサルティング」「気候変動の実働面のオペレーション支援/代行」を提供しています。

執筆者プロフィール

  • 2021年6月よりリクロマに参画。「資源循環を加味した経済指標の開発」「気候変動関連M&Aによる企業価値分析」「Longtermismを促進させる投資システムの提案」「ウクライナ情勢を受けた気候変動ナラティブシナリオの開発」に関する研究を行っています。九州大学共創学部。