Last Updated on 2023年10月14日 by Arata Imao
国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は、2022年3月31日、「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的な要求事項(IFRS S1)」と「気候関連開示(IFRS S2)」からなる、新フレームワークの草案を公表しました。
7月29日にはパブリックコメントの募集を締め切り、草案の仕上げの段階に入りました。このシリーズ記事では、サステナビリティ開示の新基準となる可能性の高いISSB公開草案の全貌を解説します。今回の記事では、ISSB開示の概要と「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的な要求事項(IFRS S1)」について、次回の記事にて「気候関連開示(IFRS S2)」の内容を扱います。
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企業の非財務情報の開示を巡り、従来はTCFD(気候変動財務情報開示タスクフォース)やGRI(グローバル・レポーティング・イニシアティブ)などの様々な団体が各々で策定した基準が乱立しており、企業や投資家、その他資本市場参加者の間で混乱が生じていました。
こうした状況を踏まえ、IFRS財団評議会が非財務情報の基準を統一するためにISSB審議会を設立し、混乱の解消に向けて取り組みを行っています。
ISSB審議会とは?
ISSB審議会とは、2021年11月3日にIFRS財団評議員会によって設立された、IFRSサステナビリティ基準を設定するための国際サステナビリティ基準審議会の略称です。
設立の主な目的は、現在多様に存在するサステナビリティ関連の報告基準を「IFRSサステナビリティ基準」として統合し、企業が投資家などに対してESGに関するより信頼性の高い報告を可能にすることです。
ISSB公開草案の公表の経緯
気候変動を含むサステナビリティに関連した開示基準の迅速な設定がIFRS財団に強く求められた結果、IFRS財団評議会はISSB審議会の設置に先立ち、2021年3月に技術的準備ワーキンググループ(TRWG)を立ち上げ、新たに創設される審議会に対して助言を行いました。そして、2021年11月のISSB審議会の設置の発表と共に、全般的な開示準備のプロトタイプ及び気候関連開示基準のプロトタイプを発表しました。
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ISSB公開草案の内容を解説
2つのプロトタイプをもとに作成されたISSB公開草案が2022年3月31日に公表されました。公表された2つの草案の概要は下記の通りです。
ISSB公開草案の全体像
ISSBは、下記の2種類の基準により成り立っています:
(1) サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的な要求事項(IFRS S1)
(2) 気候関連開示(IFRS S2)
まとめると、「(1)IFRS S1」にて基本的な開示内容や要求事項が提示されており、「(2)IFRS S2」にて気候変動の“リスクと機会”に特化した開示の要求事項について示されている、という建て付けです。なお(2)のIFRS S2については、本案とは別に、「産業別開示要求」として11セクター68産業向けに要求事項を定義しています。
また“リスクと機会”については当社コラム記事「TCFD開示のシナリオ分析における「リスクと機会」とは?」をご覧ください。
「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的な要求事項(IFRS S1)」
目的:
「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」(通称:IFRS S1)の目的は、「投融資者らがその企業の“企業価値”※1を評価する際に有用となるようなサステナビリティ関連のリスクと機会の開示要求基準を、企業に向けて設定すること」と言えるでしょう。
より草案の内容に厳密に言うと、「一般目的財務報告の主要な利用者が報告企業が晒される重要なサステナビリティ関連のリスクと機会に関する情報を利用することで、企業に資源を提供するかどうかの意思決定を行う際に有用となる情報の開示基準を設定すること」と表現することができます[1]。投融資者や債権者が、この「一般的財務報告の主要な利用者」に該当します。
開示内容:
開示内容としては、「広範なサステナビリティ課題の中から特に“重大な(significant)”※2リスクと機会のすべてについて、“重要性のある(material)”※3情報を開示しなければならない」と示されました[1]。そして情報開示の枠組みとして「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標及びと目標」が採用されており[1]、この点ではTCFD4要素と同様の枠組みで開示が求められることが想定されます。
全般的な要求事項:
IFRS S1の草案では、「全般的な特徴(General Features)」というセクションにて、ISSBフレームワークのS1とS2に共通する要求事項が説明されています。具体的には、以下の項目です。
報告企業(Reporting Entity)
ISSBフレームワークに基づいた報告を行う対象企業についての言及です。この「報告企業」はIFRS会計基準の対象企業と同様で、「一般目的財務諸表の作成を要求されるか又は選択する企業 」[1]とされています。つまり、投資家らに向けて財務報告を行うすべての企業が対象です。
草案には、「サステナビリティ関連財務開示は、関連する財務諸表と同じ報告企業に関するものでなければならない」[1]と記載され、関連する財務諸表と同じ媒体で報告することが推奨されています。
つながりのある情報(Connected information)
サステナビリティ報告にて、開示情報の“つながり”を説明することを要求しています。提供される開示は、サステナビリティ関連の“リスクと機会”同士の繋がりと、その情報が財務諸表における情報とどのように結びついているかを利用者(投資家らが)が理解できる情報の開示でなくてないけません。
適正な表示(Fair presentation)
適正な表示は、基準に示されている原則に従って、サステナビリティ関連のリスク及び機会の忠実な表現を要求し、必要な場合には追加開示を含める必要があることに言及しています。
具体的には、“重要性のある”情報をそうでない情報で覆い隠したり、また関係のない項目で括ることで比較を容易でなくしたりするなどして、わかりやすさを損ねてはいけないとしています。
草案には、「関連性があり、忠実な表現であり、比較可能性があり、検証可能性があり、適時性がありかつ理解可能性がある情報を開示すること」[1]と規定されています。
重要性(Materiality)
草案の中で頻出する“重要性のある”という言葉の定義です。これは記事最後の「補足」の※3「“重要性のある”とは?」をご参照ください。
比較情報(Comparative information)
企業は当期に開示するすべての定量的な指標(サステナビリティ関連の財務情報など)に対して、前期との比較情報を開示する必要があります。また、こと財務情報においては、前期に報告した情報と異なる情報を当期に報告する場合は、その金額の差額と金額が更新された理由について開示しなければならない、とされています。
報告の頻度(Frequency of reporting)
関連する財務諸表と“同じ報告期間”かつ“同時に”開示する必要があることを明記しています。ただし、期中のサステナビリティ関連財務情報の開示については規定されていません。
情報の記載場所(Location of information)
IFRSサステナビリティ開示基準が要求する情報を、一般目的財務報告の一部として開示することが規定されています。ただし、規制当局による要求などの他の要求の開示と同じ場所で開示が可能であること、そして、参照先の情報を利用者が同じ条件で同時に入手可能である場合は相互参照させることが可能であることが記載されています。また、ISSBの基準と共通項目の開示が他の基準などで要求されてる場合、不要な重複はさけるべきとされています。
見積り及び結果の不確実性の源泉(Sources of estimation and outcome uncertainty)
開示する定量的な指標(サステナビリティ関連の財務情報など)のうち、見積もりの不確実性が重大なものについては、見積もりの不確実性の発生要因やその性質、また不確実性に影響を与える要因について開示することが要求されます。また、サステナビリティ関連財務開示が仮定を含む場合には、可能な限り財務諸表における仮定に整合的である必要がある旨も規定されています。
誤謬(Errors)
過去の年度における“重要性のある”誤謬(誤表記など)については、実務上不可能な場合を除いて、開示された過去の期間の比較情報の金額を修正し再表示することで訂正すべきとされています。
準拠表明(Statement of compliance)
企業がサステナビリティ関連の財務情報の開示を行う際に、その開示内容がIFRSサステナビリティ開示基準の要求事項に準拠している場合に、「その準拠の旨の明示的かつ無限定の記述」[1]を含める必要があります。
以上より、財務情報の開示において様々な要求事項が設定されています。
今後のスケジュール
7月にパブコメ締切、2022年後半に最終案か
2つの公開草案に対するパブリックコメントの期限は2022年7月29日です。今後は、パブリックコメント、アンケート回答、市場エンゲージメント活動、その他の会合からのフィードバックの内容を、公開会合にてステークホルダーと共に議論する予定としています。
またISSBは、さらなる調査を検討し、ステークホルダーからの追加的なフィードバックを考慮した上で、情報提供依頼書(RFI)の対象となるプロジェクトを決定する予定です。
ISSBは今後TCFDに代替するフレームワークとして注目されており、各国な幅広いステークホルダーからコメントが寄せられています。草案の最終案は、早くて2022年後半に公表される見込みです。
まとめ
日本では現時点でプライム企業にTCFD開示が求められていますが、2023年度以降に有価証券報告書にて気候開示が義務化されることを受け、今後ISSB基準に基づいた開示が要求されることも想定されます。自社がどの分野・業界に属し、またどのような情報を開示する必要があるのか、把握しておく必要があるでしょう。
「気候関連開示(IFRS S2)」について解説している記事は「ISSB草案の全体像と要求事項をわかりやすく解説 Part2:IFRS S2「気候関連開示」編」からご覧ください。
補足
※1:“企業価値”とは?
ここで意味する企業価値(Enterprise value)とは、草案は「企業の総価値であり、企業の持分の価値(時価総額)及び純債務の価値の合計 」[1]と定義しています。具体的には、「短期、中期及び長期にわたる将来キャッシュ・フローの金額、時期及び確実性、並びに企業のリスク・プロファイル、ファイナンスへの企業のアクセス及び資本コストに照らした当該キャッシュ・フローの価値についての予想を反映」[1]したものとされています。
※2:“重大な”とは?
「開示内容」のうち“重大な(significant)”リスクと機会とは、「企業価値及び金融資本の提供者に対する財務的リターンを生み出す又は毀損する(erode)可能性がある」[2]ものと記載されています。より具体的には、特定の天然資源に依存する事業を行っている場合は、その資源が企業へもたらすリスクと機会についての開示を行う必要があることを意味します。
※3:“重要性のある”とは?
また、“重要性のある(material)”情報とは、「情報を省略・誤表示・覆い隠したりした際に、投資家らの意思決定に影響を与えることが予想される情報」を意味しています。より具体的には、企業のバリューチェーン全体において、長期的なスパンで影響が予想される財務的影響のことを指していると当社は考えます。
IFRSの草案には、「情報を省略したり誤表示したり覆い隠したりしたときに、一般目的財務報告の主要な利用者が特定の報告企業に関する情報を提供する報告書に基づいて行う意思決定に影響を与えることが合理的に予想される」[1]場合に重要性があると判断され、その重要性は「一般目的財務報告の文脈において評価され、その情報が関連する項目の性質若しくは大きさ(又はこの両方)に基づく」[1]と記載されています。
参考
[1]IFRS(2022年3月)「IFRS S1号『サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項』[案]」
[2]IFRS(2022年3月)「IFRS S1号『サステナビリティ関連財務情報の開示 に関する全般的要求事項』[案] に関する結論の根拠」
[3]SSBJ(2022年5月)「ISSB公開草案の概要(2)S1基準案の概要」
[4]IFRS(2022年3月)「IFRS S2号『気候関連開示』[案]」[5]SSBJ(2022年5月)「ISSB公開草案の概要(3)S2基準案の全体概要」
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