Last Updated on 2024年7月8日 by Moe Yamazaki
昨今、企業のネットゼロの取り組みにおいて、「気候正義」の視点に基づいた「公正な移行」の認識の必要性が高まっています。5月中旬に成立した「GX(グリーントランスフォーメーション)推進法」には「公正な移行」が盛り込まれました[1]。また、次回開催のCOP28までの2つの主要なテーマのうちのひとつは「公正な移行」です[2]。
この記事では、「気候正義」、「公正な移行」とそれらの概念に基づいて企業に求められる対応について解説します。
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気候正義とは
「気候正義」の視点の高まり
「ネットゼロの自然共生型経済への移行は急務であるが、それは公平で包括的な移行でなければならず、社会的にプラスの影響をもたらし、誰もが機会を見出せるような移行でなければならない。」[3]
国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が発表した最新の報告書においても、ネットゼロへの移行が、関係するすべての人にとって可能な限り公平で包摂的な方法で行われなければならないと強調されています。
IPCCの最新統合報告書の概要については「知っておきたい最新科学の洞察:IPCC第6次統合報告書」をご覧ください。
現在、この概念は国の政策や金融原則に反映され始めていますが、今後企業施策への主流化が見込まれます。
「気候正義」とは何か
IPCCによれば、気候正義は、「開発と人権を結びつけ、気候変動に対処する人間中心のアプローチを実現し、最も脆弱な人々の権利を保護し、気候変動とその影響による負担と利益を公平かつ公正に共有すること」を指します。
この定義からは、気候正義における重要なポイントは、以下の3つの正義の保障であると言えます。
①認識的正義 人権の観点から、事業開発の影響を受ける人々や集団を適切に認知し考慮する
②分配的正義 ネットゼロへの移行による利益とコストをより平等に分配する
③手続き的正義 合意に達するためのプロセスにステークホルダーが参加する
なぜ「気候正義」の視点が必要か
ネットゼロを達成するために必要な変化は、従業員、消費者、地域住民、取引先、そしてより広い社会の人々に様々な形で影響を与え、社会的影響をもたらします。
負の影響例:高炭素雇用の喪失、新技術へのアクセスと利用格差、家庭のエネルギー料金
正の影響例:新たな低炭素雇用の創出、新たな投資による経済機会
企業には、ネットゼロの達成における潜在的な負の影響を最小化するために気候正義の視点を身につけることが求められています。
気候変動における既存の不正義
気候変動への悪影響の受けやすさや、二酸化炭素排出量の寄与度、気候変動に対処する能力に関して、国や地域、世代、個人といったレベルでさまざまな「偏り」が存在します。
IPCCによれば、最も責任のない人々が最も大きな気候変動の影響を受け、既存の不平等が影響やリスクをより悪化させます。
現状
IPCCの最新の報告書によれば、以下のような現状があります。
・約33億〜36億人の人々が、気候変動に対して非常に脆弱な状況で暮らしています。
・人間の脆弱性と生態系の脆弱性は相互依存関係にあります。つまり、開発上の制約が大きい地域や人々は、気候上の危険に対して高い脆弱性を持っています。
開発上の制約が大きい地域:アフリカ、アジア、中南米、後発開発途上国、小島、北極圏の多くの場所
開発上の制約が大きい人々:先住民族、小規模食糧生産者、低所得世帯
・天候や気候の異常現象の増加によって、何百万人もの人々が深刻な食糧不安と水の確保の低下にさらされています。
・洪水、干ばつ、暴風雨による人々の死亡率(2010年~2020年)
脆弱性の高い地域の死亡率は、脆弱性が非常に低い地域の15倍です。
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公正な移行とは
「公正な移行」とは何か
では次に、公正な移行の意味を見ていきましょう。
元々「公正な移行」とは、脱炭素移行における高炭素セクターで働く労働者が雇用を喪失するという問題に対し、雇用の移行や新しい雇用の創出の重要性を強調する概念でしたが、現在はより広い定義で用いられるようになっています。
IPCCによれば、公正な移行は「高炭素経済から低炭素経済への移行において、いかなる人々、労働者、場所、部門、国、地域も取り残されないようにすることを目的とした一連の原則、プロセス、実践」を指します[5]。
企業が実施できること
企業が、関係するすべての人にとって可能な限り公平で包摂的な方法で、ネットゼロを推進するために企業が実施できることを5点紹介します。これらは、「気候正義」とは何かで紹介した3つの正義を実現する選択肢です。
・移行計画の影響を受ける可能性のある人々を特定する
従業員、消費者、地域住民、取引先、そしてより広い社会の人々にカテゴリー別に特定
・気候正義と自社の事業との関連を把握する
・ステークホルダーとの社会対話の場を設ける
・包括的な労働力の移行を促進する
・再エネ業者と協力する
気候正義への具体的な取組例
消費財メーカーであるユニリーバは、気候正義に基づく事業の脱炭素化に向けた取り組みを、ユニリーバ・コンパス戦略に沿って実施しています[6]。
気候変動によって不当に影響を受けるステークホルダーにプラスの影響を与えるための重要な第一歩として、バリューチェーン全体を対象に2つのプロジェクトを実施しています。
①自社従業員の意識向上ワークショップ実施
サステナビリティに関連するワークショップを実施
気候正義の概念を会社全体と既存の取り組みに統合する方法について検討
②海外の従業員から意見聴取
気候変動の悪影響から直接影響を受けている人々からの話を収集
どのように一部のコミュニティが影響を受けているかを理解
気候正義を推進する既存の事業の発展や、新しいアプローチの開発を検討
まとめ
ネットゼロの達成には「気候正義」に基づいた「公正な移行」が重要な鍵になっています。企業には、関係するすべての人にとって可能な限り公平で包摂的な方法で、ネットゼロを推進することが求められています。
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この記事では、「気候正義」、「公正な移行」とそれらの概念に基づいて企業に求められる対応について解説いたしました。「気候正義」や「公正な移行」の理解の一助となりましたら幸いです。
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参考文献
[1] 産経新聞 (2023) GX推進法が参院修正可決 – 産経ニュース
[2] UNFCC (2022) Decision -/CMA.4 Sharm el-Sheikh Implementation Plan
[3] IPCC (2023) AR6 Synthesis Report: Climate Change 2023 — IPCC
[4] 国立環境研究所 IPCC 第6次評価報告書 統合報告書 解説委員会 (2023) IPCC第6次評価報告書統合報告書細作決定者向け要約 解説資料
[5] IPCC (2022) AR6 WGII Glossary
[6] Unilever (n.d.) Climate action | Unilever
[7] Christopher Preston & Wylie Carr (2018) Recognitional Justice, Climate Engineering, and the Care Approach, Ethics, Policy & Environment, 21:3, 308-323
弊社コンサルタント 西家光一監修
2021年9月入社。国際経営学修士。大学在学中より国際人権NGOにて「ビジネスと人権」や「気候変動と人権」領域の活動を経験。卒業後はインフラ系研究財団へ客員研究員として参画し、気候変動適応策に関する研究へ従事する。企業と気候変動問題の関わりに強い関心を寄せ、リクロマ株式会社へ参画。