Last Updated on 2024年11月20日 by HaidarAli
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「トランジション・ファイナンス」は、2024年の重要テーマの一つになると予想されている新たな金融戦略です。
パリ協定により気候変動への対策が重要視され、政府や企業は環境への影響を最小限に抑える方法を模索しています。
経産省は、脱炭素経営を目指す企業に向けた資金調達促進に本格的に注力をし始め、この市場は世界的にも成長しています。
この記事では、トランジション・ファイナンスの概念について詳しく説明します。
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COP28の重要テーマとなったトランジション・ファイナンス
2023年12月、国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)がドバイで開催されました。
この会議のパネルディスカッションで、国連気候変動対策・ファイナンス特使のマーク・カーニー氏は、「今こうしている間にも、トランジションファイナンスの世界がつくられている」と述べました。
南アフリカ共和国の運用会社ナインティワンのサステナビリティースペシャリスト、アニカ・ブラウワー氏も、「気候への投資からトランジション(移行)への投資へと議論が成熟してきている」と言及し、新興国市場へのトランジションファイナンスの焦点化を指摘しました。
さらに、CDP・WWFなど11のNGOはCOP28に際して、トランジション・ファイナンスの重要性と金融機関や政府への要望をまとめた公開書簡を公表しました。
このように、トランジション・ファイナンスは気候変動に対する取り組みの一つとして注目され、2024年の重要テーマになると予想されています。
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トランジション・ファイナンスとは
経産省の定義によると、「トランジション・ファイナンス(transition finance)」とは、脱炭素社会の実現に向けて長期的な戦略に則り、着実なGHG削減の取り組みを行う企業に対し、その取り組みを支援することを目的とした新しいファイナンス手法です。
参考:経済産業省「トランジション・ファイナンス」
以下に具体的な仕組みを解説していきます。
近年、気候変動問題が深刻化しており、温室効果ガス削減が取り組まれています。2050年までにGHG排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルや脱炭素社会を実現するためには、温暖化ガスを排出しないグリーンな産業や事業の拡大が不可欠です。
しかしそれと同時に、温室効果ガスを多く排出する多排出産業が、事業を脱炭素型に移行させることが必要です。
実際、日本も含め多くの国において、環境に負荷のかかる産業が経済の大部分を占めています。経済の大部分を占めているかつ温室効果ガスの排出量が多い産業(鉄鋼、石油、電力、自動車、航空など)が一気に完全な脱炭素化を実現するのは難しいという現状があります。
こうした多排出産業の脱炭素化は、事業全体を抜本的に変化させる必要があり、長期にわたると予想されます。さらには多額の資金が必要です。
そのため、こうした移行は、長期的な視野をもとに段階を踏んで一歩ずつ進める必要があります。その一環として考案されたのが「トランジション・ファイナンス」です。
トランジション(transition)は「移行」、ファイナンス(finance)は「資金調達」を意味します。
過去の産業構造で短期的な利益を優先し大量生産や大量消費を基にしてきた時代から、脱炭素社会にシフトさせること、また企業が脱炭素経営へシフトすることを「移行」と呼びます。そして多排出企業が、再生可能エネルギーへの転換やハイブリッド自動車導入、エネルギー効率向上などといった、脱炭素経営へ移行する際に必要になる「資金調達」の方法をトランジション・ファイナンスと言います。
この金融戦略は、気候変動問題が深刻化し、2050年までに実質的なゼロ排出を目指す国際的な取り組みに対応するために考案されました。
資金供給の広範な概念であり、さまざまな金融製品や戦略を含む、持続可能性に焦点を当てた資金調達の方法全体のことを指します。その中に含まれる具体的な資金調達手段には「トランジションボンド」や「トランジションローン」などがあります。
資金の使途は、エネルギー効率向上、排出削減プロジェクトなど、環境への影響を減らす取り組みに限定されます。
単に多排出企業との繋がりを断つのではなく、環境への影響を最小限に抑えるために、金融機関が段階的に排出削減への道筋を支援すべきだという考え方が基となっています。
このように、グリーンな産業を拡大させるこれまでのアプローチに加え、多排出企業の排出量削減方法にも焦点を当てられるようになりました。
抜本的な取り組みが必要な多排出企業に対して資金面でのサポートをし、脱炭素経営への移行を実現する企業を増やすこのアプローチは、2050年のカーボンニュートラル化に向けて不可欠なメカニズムと見なされるようになっています。
世界中で進むトランジション・ファイナンスのガイドライン作成
2020年12月、国際資本市場協会(ICMA)が国際原則「クライメイト・トランジションファイナンス・ハンドブック」を発表(2023年6月改訂)しました。
2022年10月には、OECD(経済協力開発機構)がガイダンスを公表しました。
新しい金融手段であるトランジション・ファイナンスは、現在、国際的にも公平な判断基準やガイドラインが次々と作成されています。事業計画が資金調達の資格があるかどうかを投資や融資の際に客観的に評価するためです。
同様に、日本政府はICMAの国際原則を踏まえ、2021年5月に国内における原則として「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」を策定しました。
ここから国内の動きに焦点を当て、詳しく解説していきます。
企業は資金調達の資格を獲得するため、自社の戦略を明らかにし、ロードマップや科学的根拠に基づいた計画を提示する必要があります。
この基本方針には、これらの開示に必要な4要素が示されています。
①戦略とガバナンス
②マテリアリティ
③科学的根拠
④透明性
トランジション・ファイナンスの対象産業
経済産業省は、2022年4月にトランジション・ファイナンスに関する基本方針とロードマップを新たに作成しました。
国内でトランジション・ファイナンスの対象となる多排出産業は、鉄鋼、化学、電力、ガス、石油、セメント、紙・パルプ、海運、航空の9分野です。
政府は対象業界を判定するために、検討委員会を設立し、特に大量の二酸化炭素を排出する分野に焦点を当て、脱炭素への資金提供を行っています。
分野別ロードマップ
・鉄鋼分野
・化学分野
・電力、ガス、石油分野
・セメント、紙・パルプ分野
・国際海運分野
・航空分野
これらの産業は、日本全体の二酸化炭素排出の約7割を占めているため、一気に脱炭素化するのは難しいという認識のもと、政府がロードマップの改善と推進を進めている現状です。
トランジション・ファイナンスの資金調達手段
トランジション・ファイナンスの具体的な資金調達手段をご紹介します。
これらを早い段階で理解し活用することは、脱炭素化を目指す企業にとって非常に有力な鍵になると言えます。
「トランジションローン」
トランジションローン(移行融資)は、企業が資金調達のために金融機関から借り入れる融資で、トランジション・ファイナンスの一部です。
資金使用用途は脱炭素経営への移行に関するプロジェクトです。
借り手(企業・金融機関・政府・国際機関など)は資金を調達し、貸し手(金融機関・投資ファンド・資産管理会社など)から融資を受けます。一定期間内に返済義務があり、通常、金利を支払う必要があります。
「トランジションボンド」
トランジションボンド(移行債)は、企業が発行する資金調達用の債券で、トランジション・ファイナンスの一部です。
資金使用用途は脱炭素経営への移行に関するプロジェクトです。
借り手(企業・金融機関・政府・国際機関など)は、トランジションボンドを発行し、貸し手(投資家・銀行・投資ファンド・資産管理会社)から資金を調達します。そして一定の金利を支払います。貸し手はトランジションボンドを購入し、借り手に資金を提供し、債券利息などの収益を得ます。
どちらもインパクト投資の一形態であり、借り手はプロジェクトの進捗状況や資金の使用用途、環境への影響を定期的に報告する責任があります。
報告の透明性は、貸し手が資金提供の効果をモニタリングするための重要な要素であると位置付けられています。
併せて読みたい
トランジションボンド(GX経済移行債)とは?概要・活用事例を紹介
「トランジションボンド」「グリーンボンド」「ソーシャルボンド」「サステナブルボンド」
社会の持続可能性に関連する資金調達手段は他にもあります。
それぞれの特徴は以下の通りです。
参考記事:グリーンボンドとは?概要やメリット・デメリットを解説
トランジション・ファイナンス市場は増加
続いて、2021年に国内で始まったトランジション・ファイナンスですが、その市場は大幅な増加傾向にあります。
2023年3月時点で、合計調達額は10,000億円に達します。
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国内企業のトランジション・ファイナンス活用事例
企業による活用事例を公開します。
事例①:東京ガス株式会社
東京ガス株式会社は、主に都市ガスおよび天然ガスの供給を行うエネルギー会社です。
2022年に、トランジションボンドを200億円分発行しました。資金の使途は、燃料電池発電、水素ステーション新設などといったガス・電力の脱炭素化です。
さらに2030年までに脱炭素を含む成長領域に約2兆円規模の投資を予定しており、2020-22年度の中期経営計画でも、脱炭素等の成長領域を含めて1兆円の投資を予定しています。
事例②:日本郵船株式会社
日本郵船は、国際的に海運事業を展開している企業です。
2021年に、トランジションボンドを200億円分発行しました。
資金の使途には、LNG燃料船、グリーンターミナル新設、アンモニア燃料船、洋上風力発電、水素燃料電池搭載船、運航の効率化などがあります。
トランジション・ファイナンスの補助金対象事業者と要件
政府は、脱炭素社会の実現には移行プロジェクトに取り組む企業への支援が必要との考えを持ち、融資や債券の積極的な活用を促進しています。
「カーボンニュートラル実現に向けたトランジション推進のための金融支援制度」では、金融制度の申請方法の詳細や、申請を受け付けている金融機関を公開しています。
この制度は、設定された目標を達成すると、利子率が削減される成果連動型制度です。目標が達成されない場合は、通常の利子率が適用されます。政府は、利子率が削減された分を、指定された金融機関に日本政策金融公庫を通じて補償しています。
対象事業者
・事業所管大臣の認定を受けた事業者
・カーボンニュートラル実現に向けた野心的なCO2削減目標を設定し、その目標の実現に向けた10年以上の長期的な計画を策定していること
要件
(Ⅰ)カーボンニュートラル実現に向けた野心的な目標が設定されているかどうか
(Ⅱ)トランジション戦略が妥当なものであるか
(Ⅲ)モニタリング・レポーティングが適切に実施されるかどうか
(Ⅳ)競争力の強化が見込まれるかどうか
※(Ⅰ)〜(Ⅳ)について、事業者の借入が「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」及び「サステナビリティ・リンク・ローン原則」に適合しているかについて、指定外部評価機関による認証が必要
トランジション・ファイナンスの課題と今後の方向性
現在、トランジション・ファイナンスの国際的な位置づけや理解の促進が進みつつありますが、一方でこうした課題もあります。
課題①:ファイナンスド・エミッションの増加への懸念
投資家・金融機関には、トランジション・ファイナンス等を通じ、排出削減を行う企業の脱炭素化を支援することが期待される一方で、トランジション・ファイナンスに積極的な金融機関ほど、排出量が多い金融機関とみなされてしまう矛盾が存在している現状があります。
「ファイナンスド・エミッション(Financed Emissions)」とは、金融機関や投資家が資金を提供する企業やプロジェクトによって引き起こされるGHG排出量のこと。
金融機関が資金を提供する際、その資金が排出量増加に繋がる場合、それをファイナンスド・エミッションと呼ぶ。ファイナンスド・エミッションの削減や管理は、環境への貢献を評価する際に重要な要素となる。
実際、投融資先のファイナンスド・エミッションの増加を懸念し、金融機関が多排出産業に対する投融資を控える動きも生じつつあります。
この課題を解決するためには、ファイナンスド・エミッションに関する国際的な算定ルールに基づき、投融資を評価する枠組みを再検討することが必要です。
課題②:金融機関による資金供給後のフォローアップ指針の不足
金融機関は資金供給後、既存の開示情報に関してどのようなフォローアップをすべきかを判断することができず戦略の実効性が不確かであることから、政府は、資金供給者側の課題に対応するものとしてフォローアップガイダンスを策定する予定です。
今後の方向性として、トランジション・ファイナンスの活用拡大に伴い、企業連携や異なる業種間での共同投資など、協力的な資金調達が増えると予想されています。これを受け、政府は投融資の枠組みを拡充し、地域や業種を超えた取り組みを検討するとしています。
このようにして政府は、脱炭素に向けた投融資を積極的に評価するための枠組みや支援を整理していく方針です。
まとめ
トランジション・ファイナンスは、多排出企業が脱炭素経営への移行を実現するため、資金的なサポートを受けるための新しい金融手段です。
この新しいアプローチは、多排出企業との単なる関係断絶ではなく、段階的な排出削減への支援を通じて環境への影響を最小限に抑えることを目指しています。
2050年のカーボンニュートラル化に向けた重要なメカニズムとして、国際的に注目を浴びています。今後もますます重要性が高まることが予想されます。
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参考文献
[1] 経済産業省「トランジション・ファイナンス」
[2] 経済産業省「トランジション・ファイナンス モデル事業概要」
[3] 経済産業省「カーボンニュートラル実現に向けたトランジション推進のための金融支援制度」
[4] 経済産業省「トランジション・ファイナンスの現状 及び足元の議論について」
[5] 金融庁「日本におけるトランジション・ファイナンスの取り組み」
[6] 金融庁、経済産業省、環境省「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本方針」
[7] International Capital Markets Association (ICMA)「Climate Transition Finance Handbook」
[8] OECD「What is transition finance?」 「Transition Finance Takes Center Stage in 2024」
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