Last Updated on 2026年3月27日 by Sayaka Kudo
移行計画を「開示していること」と、「実際に実行していること」は、まったく異なる意味を持ちます。多くの企業では形式としての開示文書は整備されつつある一方で、その中身が事業戦略や財務計画と十分に結びついていないという課題が顕在化しています。結果として、移行計画が経営の意思決定に活用されず、「形だけ」の開示にとどまっているケースも少なくありません。
本コラムでは、こうした現状を踏まえ、移行計画を本来の姿である「経営文書」として機能させるためには何が必要かを、実務で陥りがちな落とし穴とともに整理します。事業・財務と統合された実効性ある移行計画の設計ポイントを、コンサルタントの視点から具体的に解説します。
移行計画が「形だけ」になる3つの典型パターン
リクロマでは多くの企業の移転計画開示に関わってきた経験から、問題のある開示には大別して3つのパターンが存在すると認識しています。
| パターン | 主な特徴 | 課題の本質 | 次のステップ |
| パターンA:目標と資金手当てが未連動 | ・削減目標(例:2030年Scope1・2 50%削減)は存在・CapEx(資本支出)やOpEx(運用支出)との紐づけがない・気候対応投資が財務上で識別されていない | 実行性の欠如(戦略と財務の分断) | ・気候対応投資の定義を明確化・省エネ、再エネ、CCS等の投資を財務計画に紐づけ・資源配分ロジックを整理(IFRS S2対応) |
| パターンB:開示と経営計画の不整合 | ・サステナビリティ報告書には目標あり・中期経営計画と数値が不一致・排出見通しと事業計画に乖離 | 信頼性の欠如(情報間の不整合) | ・サステイナビリティと経営計画の統合・排出量見通しを事業計画ベースで再構築・経営や財務部門との連携強化 |
| パターンC:形式対応による実態乖離 | ・Transition Plan Taskforce等の項目は網羅・開示は充実しているように見える・重要性の低い項目まで形式的に記述 | 重要性判断の欠如(マテリアリティ不在) | ・排出構造・事業特性に基づく重要論点の特定・Scope別の重点領域に応じた記述へ再構成・「何を書くべきか」を再定義 |
パターンAは、削減目標はあるものの投資や財務計画と結びついておらず、実行性に欠ける状態です。
パターンBは、サステナビリティ開示と中期経営計画の数値が整合しておらず、情報の信頼性に課題があります。 パターンCは、フレームワーク対応が目的化し、事業実態に基づかない形式的な開示となっており、マテリアリティの観点が欠如しています。
これらを克服するには、実行性・整合性・重要性を踏まえ、戦略と財務を一体化した移行計画の構築が求められます。理想型は、戦略・財務・開示が統合され、目標・投資・財務計画が一貫し、重要な排出源が特定されており、具体的な削減経路やKPI、資源配分が明確であり、継続的にモニタリング・更新されている状態です。されます。
| 理想型 | 主な特徴 | ||
戦略・財務・開示の統合している状態 | ・目標、投資、財務計画が一貫・重要な排出源・リスクにフォーカス・投資家にとって意思決定有用な情報を提供・移行計画の高度化(具体的経路、KPI、資源配分の明確化)・継続的なモニタリングとアップデート | ||
事業・財務との統合とは何か
事業・財務との統合という概念は抽象的に映るかもしれませんが、その実態は以下の3つの具体的な問いに答えられるかどうかに集約されます。
CapEx・OpExと接続しているか
気候対応投資はいくらかを定量的に示せることが第一の条件です。具体的には、向こう3〜5年の設備投資計画のうち、脱炭素化に貢献する投資(例:省エネ設備、再エネ切り替え、低炭素製品への製造ライン転換)の金額と比率を示すこと、さらにそれが各年の排出削減見込み量とどの程度対応しているかを連動させて説明できることが求められます。実際にIFRS S2は、移行計画に基づく投資額を、絶対額とともに総資本投資に対する比率でも開示することが考えられると示しています。
中期経営計画との数値的整合が図れているか
移行計画の排出削減目標と中期経営計画の事業計画とを同じ財務モデルのなかで整合させることが必要です。事業の拡大・縮小・ポートフォリオ変化がGHG排出量にどう影響するかを把握し、削減量の内訳(省エネによる削減・燃料転換・生産量変化・クレジット利用の各寄与度)を分解して示せる状態にする必要があります。
気候リスクによる財務的な影響額を定量化しているか
気候関連の移行リスク(炭素税・規制強化・低炭素製品への需要シフト等)や物理的リスク(異常気象・洪水等)が財務に与えるインパクトを計量化することは、IFRS S2が要求する情報開示の核心部分の一つです。例えば、1トンあたり炭素コストがX円となった場合に当社の営業利益に与える影響は年間Y億円、という形で定量化されている必要があります。
マテリアリティの特定と優先順位の付け方
理想型に近づけるには、「フレームワークの全項目を埋める」という発想から、「説明できない項目を減らす」という発想への転換が必要です。マテリアリティ(重要性)の評価は、自社の排出構造・事業ポートフォリオ・投資家構成を踏まえた優先順位づけから始まります。
たとえば、Scope3が排出量の9割を占める商社にとって、Scope3目標の精度と実現手段の説明は最重要の開示項目です。また、エネルギー多消費型の製造業にとっては、Scope1削減に向けた技術投資ロードマップと資金手当ての明確化が、投資家の主要な関心事となる可能性があります。
マテリアリティの特定と優先順位付けを踏まえた実務設計としては、複数の開示フレームワークごとに個別の資料を作成するのではなく、まずTransition Plan Taskforce(TPT)のフレームワーク構造をベースに移行計画文書の骨格を設計し、そのうえで、各記載項目をIFRS FoundationのIFRS S2、Task Force on Climate-related Financial Disclosures(TCFD)、GXリーグ、気候移行ファイナンス基本指針の要求事項と紐づけ(マッピング)することを推奨します。
このような設計とすることで、毎年それぞれのフレームワークに個別対応する必要がなくなり、TPTを基盤とした単一のマスタードキュメントを更新するだけで、各開示媒体(統合報告書、有価証券報告書、サステナビリティレポート等)へ効率的に展開できる体制を構築できます。
移行計画の実務上の4つポイント
前提条件は説明可能性を高める
IFRS S2とTPTが主要前提条件の明示を求める理由は、計画が変化したときに企業が責任ある説明を行えるようにするためです。電力グリッドの脱炭素化が計画より遅れた、水素コストが想定ほど下がらなかったなどの外部環境の変化によって目標修正が必要になった場合、前提条件が最初から明示されていれば、修正の理由を論理的に説明できます。前提条件を開示せずに目標未達を報告するだけでは、計画の信頼性そのものが問われることになります。前提条件の開示は、不確実性を誠実に認める姿勢の表れであり、長期的な投資家との信頼構築に直結します。
進捗KPIを設計する
多くの企業が最初の移行計画開示で見落とす重要な論点です。初年度の開示として翌年以降に進捗報告を行う方針自体は妥当ですが、初回開示時点で翌年以降に定量的に報告できるKPI(主要業績評価指標)の設計が完了していなければ、年次進捗報告は翌年以降に形骸化するリスクがあります。KPIは、測定可能・検証可能・経年比較可能の三要件を満たすものでなければなりません。また、KPIの測定方法・バウンダリー・計算式も初回から公開しておくことで、翌年以降の報告に一貫性が生まれます。
カーボンクレジットの記述によりグリーンウォッシュリスクの管理する
ネットゼロ目標を掲げる以上、カーボンクレジット(GHG排出量を相殺するオフセット手段)の扱いには高い透明性が求められます。IFRS S2が求める最低限の開示事項は、グロス(排出削減そのものによる達成分)とネット(クレジット利用による相殺分)の明確な区分、クレジットの種別(ネイチャーベースの吸収オフセットか技術的除去か)、認証スキームの名称(例:Gold Standard、Verra VCS等)、そして達成へのクレジット依存度です。これらが不明瞭なままネットゼロ達成を記載すれば、意図せずグリーンウォッシュと評価されるリスクが生じます。
まず「誰に・何のために」を問い直すことから始める
社内説明の現場でしばしば見られる誤解の一つが、IFRS S2への対応には移行計画を策定しなければならないという理解です。しかしIFRS S2が義務づけているのは移行計画の有無の開示であり、移行計画の策定そのものを強制する規定ではありません。移行計画を保有していない場合には、その旨を開示することがIFRS S2の求めるところです。この混同は、リソースが限られているなかで不必要に計画をゼロから作るという判断につながることがあり、実際の開示対応のリソース配分を歪めます。開示のために計画を作るのではなく、事業経営の必要から計画を策定し、その内容を開示するという順序が本来の姿です。
移行計画を「誰に」「何のために」開示するのか に最後にもう一度立ち返ることが重要です。この問いに明確に答えられる企業は、フレームワークの多さに対しても、自社にとって優先度の高い開示項目を絞り込み、そこに集中的にリソースを投下できます。逆に、この問いを曖昧にしたまま全フレームワークへの対応を優先すると、作業量は膨大になりながらも、いずれの読者にとっても中途半端な開示に終わるリスクがあります。
まとめ
本コラムでは、移行計画を単なる開示文書ではなく、事業・財務と統合された「経営文書」として設計するための実務ポイントを整理しました。多くの企業に見られる課題として、①目標と投資が結びついていない、②開示と中期経営計画が不整合、③フレームワーク対応が目的化している、という3つの典型パターンを提示し、それぞれの本質が「実行性・信頼性・重要性」の欠如にあることを解説しました。そのうえで、理想的な移行計画とは、戦略・財務・開示が一体化し、目標・投資・財務計画が整合した状態であることを示し、すべての項目を網羅するのではなく、自社の排出構造や事業特性に基づいたマテリアリティ評価を起点に、優先順位をつけることの重要性を指摘しました。サステナビリティ担当者としては、まず「誰に・何のために開示するのか」を再定義し、自社の移行計画が事業計画や財務計画とどの程度接続しているかを点検し、特に投資計画との紐づけやKPIの設計、前提条件の明確化といった領域から優先的に改善に取り組むことが重要でしょう。
参考文献
[1] IFRS Foundation(2023)「IFRS S2 Climate-related Disclosures」(閲覧日:2026年3月20日)
[2] IFRS Foundation(2025年6月)「Disclosing information about an entity’s climate-related transition in accordance with IFRS S2」(閲覧日:2026年3月20日)
[3] IFRS Foundation(2023年10月)「TPT Disclosure Framework」(閲覧日:2026年3月20日)
[4] IFRS Foundation(2024年4月)「TPT Explore the Disclosure Recommendations」(閲覧日:2026年3月20日)
[5] TCFDコンソーシアム(2021年10月)「TCFD Guidance on Metrics, Targets, and Transition Plans(日本語版)」(閲覧日:2026年3月20日)
[6] 金融庁・経済産業省・環境省(2021)「気候移行ファイナンス基本指針」(閲覧日:2026年3月20日)
[7] 経済産業省(2023)「GXリーグ移行戦略に関する資料」(閲覧日:2026年3月20日)
お役立ち資料
\移行計画について知る!/
移行計画の概要や具体的な事項、開示事例について理解できるホワイトペーパーです。

リクロマの支援について
当社では、CDP2024の回答を基に、設問の意味や次年度の方向性を研修形式でご支援しています。自由記述の添削や模擬採点を通じ、スコア向上に向けた具体的な示唆を提供します。また、「まるごとやり直し」の対応が必要な企業様にも対応可能です。CDPスコア向上に向けた具体的なアクションをサポートしますので、ぜひご検討ください。
⇒お問合せフォーム

