Last Updated on 2026年3月12日 by Sayaka Kudo

リクロマでは、「GHG算定は済んでいる、SBTiも取得した。GXリーグにも参加している。しかし今度はTPTやSSBJ(IFRS S2)の対応が必要だと言われ、何から手をつければよいかわからない」こうした声を、プライム市場上場企業のサステナビリティ担当者からしばしば耳にします。

これまで、気候変動という複雑な問題に対して、投資家・金融機関・政策当局・市民社会がそれぞれの立場から必要な情報を求めてきた結果、複数の開示枠組みが生まれてきました。

本コラムでは、企業が向き合うべき対象を絞り込む判断軸が見えるよう、フレームワークの系譜をたどりながら、各フレームワークが「誰のために」「何の目的で」設計されているのかを整理します。

移行計画開示はなぜ生まれたか

気候関連開示論議が本格化したのは2015年前後です。同年のパリ協定採択を受け、G20の要請で設立されたのが TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)でした。TCFDは2017年に最終報告書を公表し、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標・目標」の4柱で構成される開示枠組みを提示しました。ここで求められたのは、気候変動を“財務リスク・機会”として開示することでした。しかし当初のTCFDは、企業がどのように低炭素経済へ移行するのかという「具体的な計画」までは詳細に求めていませんでした。

2021年以降、状況は変わります。ネットゼロ宣言企業が急増するなかで、「その目標は本当に達成可能なのか」という疑問が投資家の間で高まりました。そこで焦点となったのが“移行計画(Transition Plan)”の具体性・実行可能性です。さらに、この流れを加速させたのが、金融機関の国際連合体である GFANZ です。GFANZは2022年に移行計画ガイダンスを公表し、「野心(Ambition)」「行動(Action)」「説明責任(Accountability)」の三原則を提示しました。これが後のTPT(Tansition Plan Taskforce)設計思想の源流となります。


移行計画フレームワーク誕生の系譜

近年の主要な節目を整理すると、以下のような流れになります。

主要出来事
2015国際:TCFD 設立
2017国際:TCFD 最終報告書公表
2021日本:気候移行ファイナンス基本指針公表
2022日本:GXリーグ設立・GFANZ移行ガイダンス公表
2023国際:TPTフレームワーク公表
2023国際:IFRS S2 発効
2024国際:TPT解散 → IFRS財団が資料を継承

ここで注目すべきは、国際基準と国内政策が並行して進化してきた点です。

2021年、日本では金融庁・経産省・環境省が「気候変動ファイナンス基本指針」を公表しました。これは移行ボンド等の資金調達に際して、投資家が信頼性を評価できるようにするための国内ガイダンスです。2022年には経産省主導で GXリーグ が設立されました。GXリーグは2050年カーボンニュートラル実現を目指す企業の自主的な枠組みであり、排出量取引制度(GX-ETS)も内包しています。

一方、国際的にはTPTが移行計画に特化した詳細ガイダンスを提示し、同年ISSBがIFRS S2を正式発効させました。IFRS S2は、投資家向けの気候関連財務情報開示基準として、制度化が進みつつあります。

IFRS S2の位置づけ

IFRS S2は、ISSB(International Sustainability Standards Board:国際サステナビリティ基準審議会)が策定した気候関連開示基準です。対象は一般目的財務報告書の利用者、すなわち主に投資家・債権者です。重要なのは、IFRS S2がTCFDの概念構造を引き継いでいる点です。TCFD対応済み企業は、相当部分を再活用できます。

IFRS S2とTPTとの関係

TPTは英国政府主導で設立され、移行計画開示に特化した詳細ガイダンスを提示しました。IFRS S2は移行計画の開示を求めつつ、その具体的実装方法についてTPTを参照ガイダンスと位置づけています。つまり、以下の補完関係にあります。

  • IFRS S2:whatの部分「何を開示すべきか」の最低基準
  • TPT:Howの部分「どう開示すれば質が高いか」の実装指針

フレームワーク同士の構造的関係

1. 基礎概念レイヤー:TCFD(リスク・機会の財務開示枠組み)

まず基盤となるのがTCFDです。IFRS S2はTCFDの概念的枠組みを継承しており、4柱構造(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)は維持されています。そのため、TCFD対応を進めてきた企業は一定の蓄積を活用できます。

2. 国際財務制度整合レイヤー:IFRS S2,TPT

次に中核となるのがIFRS S2です。IFRS S2は「何を開示すべきか」という最低基準を示します。移行計画についても、内容・前提条件・依存関係の開示を求めています。そして、その具体的な実装を詳細に示したのがTPTです。IFRS S2が“基準線”であるのに対し、TPTは“実務上の到達目標”に近い存在です。両者は代替関係ではなく補完関係にあります。

3. 国内政策整合レイヤー:GXリーグ

GXリーグは、経済産業省が主導する日本の脱炭素政策を推進するための企業連合です。目的は、日本の2050年カーボンニュートラルおよび2030年排出削減目標の達成に向けて、企業の主体的な取り組みを促すことにあります。

参加企業には、排出量取引制度(GX-ETS)を前提として、2030年までの排出量削減目標(国内の直接排出・間接排出)を設定すること、さらに2050年以前のカーボンニュートラル達成を宣言し、その実現に向けた移行戦略を策定・公表することが求められます。

移行戦略には、主に次の要素を含めることが望ましいとされています。

  • 長期目標:2050年までのカーボンニュートラル達成目標
  • 短期目標:GX-ETSに基づく2030年排出削減目標、または独自に設定した定量的な2030年目標
  • 具体的施策:炭素削減に向けた具体的行動計画とその実施期限
  • ガバナンス体制:戦略を実行するための組織体制・監督体制

また、戦略全体としては、Scope1・Scope2だけでなくScope3排出量も含め、1.5℃目標と整合する経路を示すことが期待されています。加えて、GX-ETSにおける削減目標への進捗状況や、余剰排出枠・炭素クレジットの取引状況についての情報開示も重要な要素です。

GXリーグは、国内政策との整合性を示す枠組みとして位置づけられます。国際的な投資家向け開示基準とは目的が異なるため、その役割を理解したうえで活用することが重要です。


フレームワーク選択は「誰に・何のために」から逆算する

各フレームワークの本質的な違いは、対象読者にあります。

フレームワーク主な対象読者重視される観点開示の特徴
Task Force on Climate-related Financial Disclosures(TCFD)投資家・債権者財務的影響、資本配分判断への有用性気候関連リスク・機会が財務に与える影響、シナリオ分析、戦略・ガバナンス・指標目標の開示
IFRS S2投資家・債権者財務的重要性(マテリアリティ)、比較可能性気候関連リスク・機会の財務的影響をより厳格に体系化し、財務報告との接続を強化
Transition Plan Taskforce(TPT)投資家・債権者・社内ステークホルダー高い透明性・説明責任、移行の具体性CapEx計画、内部炭素価格、バリューチェーン対応、政策依存性など、実行経路の具体的提示を重視
GXリーグ国内ステークホルダー国内政策との整合、排出削減貢献2050年目標および2030年中間目標への貢献を重視する。投資家向け財務情報の詳細までは必須ではない

実務担当者が選定のために最初に行うべきこと

自社の開示の「前提条件」を整理することです。すなわち、主要株主は誰か、海外投資家比率は高いか、tトランジッション・ファイナンスを活用する予定はあるか、国内政策整合をどこまで重視するのか -といった視点から、自社が向き合うべき読者と目的を明確にすることが出発点となります。重要なのは、①目的を明確化し、②主要読者を特定し、③基準線としてSSBJを定め、④必要に応じて国内枠組み・国際的枠組みを接続する、という順番で整理することです。「すべてに対応しなければならない」と考えるのではなく、「誰に対して信頼性を示すのか」を起点に設計する。その視点を持つことで、優先順位は自ずと見えてくるでしょう。

まとめ

本コラムでは、気候移行計画を巡る主要フレームワークの系譜と相互関係を整理し、それぞれが「誰のために」「何の目的で」設計されているのかを解説しました。重要なのは、これらは競合関係ではなく、目的と読者が異なる補完関係にあるという点でした。 企業のサステナビリティ担当者にとっては、「すべてに対応する」発想から一歩離れ、自社の主要読者(投資家・金融機関・国内政策当局など)と資本市場との関係性を明確化し、そのうえで基準線となる開示枠組みを定めることが次の重要なステップでしょう。

参考文献

[1]株式会社CODO(2024)「GXリーグ参画要件をわかりやすく解説」
https://codo.jp/gx-league-requirements-jp/(閲覧日:2026年3月2日)
[2]IFRS Foundation(n.d.)「Transition Plan Taskforce resources」
https://www.ifrs.org/sustainability/knowledge-hub/transition-plan-taskforce-resources/(閲覧日:2026年3月2日)
[3]SSBJサステナビリティ基準委員会(n .d.)「ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)」 https://www.ssb-j.jp/jp/international_issue_ssbj/issb.html(閲覧日:2026年3月2日)
[4]TCFDコンソーシアム(2024)「トランジション・プラン ガイドブック(日本語版)」
https://tcfd-consortium.jp/pdf/news/24083001/Transition_Plan_Guidebook_J.pdf(閲覧日:2026年3月2日)

お役立ち資料

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移行計画概要具体的な事項開示事例について理解できるホワイトペーパーです。

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