Last Updated on 2024年4月25日 by Yuma Yasui

気候変動対策の文脈では、「カーボンニュートラル」「脱炭素」「ネットゼロ」といったキーワードがたびたび登場します。これらは気候変動対策を進めるうえで理解すべき重要な概念であり、それぞれの定義には違いがあります。

今回のコラムでは、これらの定義の違いを明確にし、現状の流れを解説するとともに、関連用語まで紹介します。

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カーボンニュートラルとは

カーボンニュートラルの基本的な定義

カーボンニュートラルとは、企業や個人が排出する二酸化炭素の量を、植樹や再生可能エネルギーによって相殺し、実質的にCO2排出量をゼロにすることを目指す概念です。地球温暖化の主な原因である温室効果ガスの削減を目的としています。

カーボンニュートラルに関するまとめ記事はこちらです。より深く理解を深めたい方は、こちらの記事をご覧ください。

これに類似した概念に「脱炭素」「ネットゼロ」があります。

脱炭素とは

脱炭素の定義と目的

脱炭素(Decarbonization)とは、”脱+炭素”から由来しているように、化石燃料の使用依存度を減らし、エネルギー源を再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力、地熱など)にシフトすることで、CO2排出量を削減することを指します。化石燃料の燃焼によるCO2排出は、地球温暖化の原因に直結しているため、地球温暖化の影響を削減する目的があります。

脱炭素を実現する方法には、エネルギー効率向上、再生可能エネルギーへの転換、炭素吸収力を持つ森林の保全・再生、貯蔵技術(CCS)の開発などがあります。

脱炭素は、化石燃料に依存する経済構造から、持続可能なエネルギー源に基づく経済への移行を意味しているため、エネルギー安全保障の向上や、再生可能エネルギー産業の成長など、経済的な利益も期待されています。

出典)国立環境研究所「脱炭素社会はなぜ必要か、どう創るか」

「低炭素」と「脱炭素」の違い

京都議定書時代の日本を含む多くの国々の気候変動政策は「低炭素化」が主体でした。

低炭素化は、温室効果ガスの排出量を削減することを目指しますが、排出量を完全にはゼロにしようとはせず、経済活動による一定の排出が許容されていました。

しかしその後、パリ協定以降には気候変動の深刻な影響がより明確になり、国際社会は「脱炭素化」を目標に掲げるようになりました。脱炭素化は、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることを目標としています。これは、気候変動を止めるためには、単に排出量を減らすだけでなく、すべての排出を停止する必要があるという認識に基づいています。

京都議定書時代には相対的な削減目標が中心でしたが、脱炭素化への移行により、具体的な「量」を目標とする政策が求められるようになりました。つまり地球の気温上昇を産業革命前比1.5℃以内に抑えるためには、世界全体でどれだけの温室効果ガスを「減らす」必要があるか、そしてそれをどのように「ゼロ」に近づけるかが、政策の中心になったのです。

低炭素化から脱炭素化へのシフトには、経済構造の変化、エネルギーシステムの再編、消費行動の変化などといったアプローチが必要となるため、世界各国における政策立案へ大きな変化をもたらしました。

出典)国立環境研究所「脱炭素社会はなぜ必要か、どう創るか」

また脱炭素化においては、森林、土壌、海洋などの自然資源の役割が重要になります。これらの資源は、再生可能エネルギーの生産源としてだけでなく、地球上で二酸化炭素を吸収し、蓄える重要な役割を担っています。そのため、こうした自然を保護することも気候変動対策の主な要素となります。

出典)国立環境研究所「脱炭素社会はなぜ必要か、どう創るか」

カーボンニュートラルと脱炭素の違い

カーボンニュートラルと脱炭素は、どちらもCO2排出量を減らすことを目指しますが、違いは主にその排出量をどのように扱うか、つまり「相殺する」のか「物理的に減らす」のかというアプローチにあります。

カーボンニュートラルは排出後の相殺を認めるのに対し、脱炭素は排出そのものを減少させゼロにすることを目指すことから、脱炭素の方がより厳格な目標であると言えます。脱炭素はカーボンニュートラル達成のための手段の一つとも言えます。

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ネットゼロとは

ネットゼロの定義と目的

ネットゼロ(Net Zero)とは、排出量削減と炭素吸収のバランスを取り、実質的な温室効果ガス排出量を正味(=net)ゼロにする取り組みを総称します。

国や企業が排出する温室効果ガスの総量を、森林の植樹や炭素吸収技術などによって吸収される量と等しくし、実質的にゼロにすることを目指します。地球温暖化の原因である温室効果ガスの排出量をゼロにすることが目的です。

ネットゼロを達成する方法には、建築、産業、交通セクターにおけるエネルギー使用の効率化、再生可能エネルギーへの転換、森林植樹による炭素吸収能力強化などがあります。

出典)日経ESG「SBTがネットゼロ基準を開発」
出典)みずほリサーチ&テクノロジーズ「SBTiによる新基準開発  企業に求められるネットゼロ目標とは?」

カーボンニュートラルとネットゼロの違い

カーボンニュートラルは主に二酸化炭素に焦点を当てているのに対し、ネットゼロはカーボンニュートラルよりも包括的な概念で、全ての温室効果ガスを対象としています。

またカーボンニュートラルは「二酸化炭素の排出量と吸収量がバランスしており、偏りがない状態=排出される二酸化炭素が吸収される量と等しい」という状況を示しているのに対し、ネットゼロは、「実質的な排出量がゼロ=排出される温室効果ガスが全て相殺され、実質的に排出がない」という状態を指しています。

ネットゼロ目標における論点

①目標対象年

多くの企業は、IPCCの示した2050年をネットゼロの目標年として掲げていますが、より早期に達成すべきという議論も出てきています。このため、2040年やそれ以前を目標にする企業も増えています。

トヨタの事例を解説した記事はこちらからご覧いただけます。
トヨタ自動車の脱炭素系譜(2030年350万台目標に至るまで)

②対象範囲

ネットゼロの目標設定において、対象となる温室効果ガス排出量の範囲をどう定めるかが重要です。もちろんスコープ1(直接排出)、スコープ2(間接排出:電力消費等)、スコープ3(サプライチェーンを含む間接排出)の全範囲をカバーすることが理想的ですが、スコープ3の排出量は管理や計測が難しいため、対象範囲をスコープ1とスコープ2に限定する企業も多く見られます。

しかし、サプライチェーン全体の炭素排出量を削減することにより広範な影響を及ぼすことができるものであるため、スコープ3の排出量を含めた目標設定が求められています。

③削減と除去の比率設定

温室効果ガスの排出「削減」は、ネットゼロ達成のための基本戦略として優先されるべきです。一方で、現実的にはすべての排出を削減することは困難であり、特定の産業やプロセスからの排出は避けられない場合があります。このため人為的な「除去」が、ネットゼロ達成のために不可欠な手段となります。

ここで、ネットゼロ達成における「削減」と「除去」の比率設定の問題が発生します。

除去技術に過度に依存すると、その技術のスケーラビリティや長期的な持続可能性に関する問題が浮き彫りになります。しかし排出削減に重点を置く場合、特に短期間での大幅な削減を目指すと、企業のコスト負担が増大する可能性もあります。経済的な負担のバランスを取りながら、効果的な対策をとることが求められます。

SBTiによるネットゼロ基準

このように、企業間で大きな差異のあるネットゼロ目標に対し、SBTiが「SBTi Corporate Net-zero Standard Version 1.0」を公表し、企業がネットゼロを達成する際に基準となるガイドラインを設定しました。

①目標対象年

SBTi はネットゼロ目標を「2050年」と定義しています。

②対象範囲

企業はバリューチェーン全体(スコープ1、スコープ2、およびスコープ3)にわたる排出量を対象に、1.5℃の温暖化抑制目標に整合した排出削減を達成する必要があるとしています。

SBTiの影響力が今後高まることで、スコープ1とスコープ2の排出量のみを対象としている企業のネットゼロ目標は、スコープ3の排出量を含めたより広範な対象範囲に見直される可能性があります。

③削減と除去の比率設定

SBTi は、1.5℃水準を「2050年までに90%削減」と定義しています。つまり「除去」に頼ることなく、全体の温室効果ガス排出量を2050年までに90%削減するよう要求し、「除去」を活用できるのは排出量の10%以内に限定されるということになります。

実際、ネットゼロ基準をSBTiに適合させることは、一部の企業にとって野心的な目標であるとも言えます。特にスコープ3の排出削減は、サプライチェーン全体にわたる広範かつ大規模な取り組みが必要です。それにも関わらずこの基準に適合させるということには、競合他社との差別化を図り、投資家やサプライチェーンからの信頼性を高めることができるという大きな意義があると言えます。

出典)日経ESG「SBTがネットゼロ基準を開発」

SBTiの概要・特徴をまとめた記事はこちら
SBT認定とは?押さえておくべき認定のコツや必須基準を解説

その他に役立つ関連用語

ここまで、カーボンニュートラル、脱炭素、ネットゼロの定義を説明しました。気候変動対策を進める上で役立つ関連用語も簡単に説明します。

カーボンオフセット

カーボンオフセットは、排出削減が難しい場合に、他のプロジェクトに投資することで自らの排出量と相殺する方法です。

このプロセスでは、二酸化炭素排出権が売買されます。プロジェクトの主な例としては、再生可能エネルギー(風力、太陽光、水力発電など)、森林再生や植林による森林保全、メタンガス回収や廃棄物処理の改善による排出削減プロジェクトなどがあります。

カーボンフットプリント

カーボンフットプリントは、個人や組織が直接的または間接的に排出する二酸化炭素量を指します。

カーボンフットプリントの計算の際には、直接排出(自動車の運転や家庭でのガス使用など)と間接排出(購入した商品やサービスの生産・輸送に関連する排出など)の両方が含まれます。企業や製品のカーボンフットプリントを理解することは、排出削減目標の設定や、より持続可能な選択を促進するための戦略を立てる上で重要となります。

ゼロエミッション

ゼロエミッションは、二酸化炭素やその他の温室効果ガスを全く排出しないことを意味します。環境への影響を最小限に抑えることを目指します。

まとめ

こうしたアプローチはどれも、気候変動対策のための戦略の一部です。これらの用語の概念や違いを理解することは、気候変動対策に向けた戦略を計画し、実施する上で不可欠です。

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参考文献

[1] 経済産業省「令和3年度エネルギーに関する年次報告」
[2] 経済産業省「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」
[3] 環境省「国内外の最近の動向について(報告)」
[4]NEC「カーボンニュートラルとは?」

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リクロマ株式会社

当社は「気候変動時代に求められる情報を提供することで社会に貢献する」を企業理念に掲げています。

カーボンニュートラルやネットゼロ、TCFDと言った気候変動に関わる課題を抱える法人に対し、「社内勉強会」「コンサルティング」「気候変動の実働面のオペレーション支援/代行」を提供しています。

Author

  • 山下莉奈

    2022年10月入社。総合政策学部にて気候変動対策や社会企業論を学ぶ。スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリによる国際的な組織での活動経験を持つ。北欧へ留学しサステナビリティと社会政策を学ぶ。