Last Updated on 2024年11月26日 by HaidarAli
2020年3月のみずほフィナンシャルグループへの株主提案を皮切りに、気候対応を求める株主からの提案は国内でもメディアで取り上げられるようになりました。
この記事では、気候対応を迫る増加する「物言う株主」たちが、具体的にどのような対応を求めているのか、また企業は具体的にどの程度の気候対応をしていれば、このような株主提案を避けることができるのか、気候関連の株主提案の潮流を概観したのち、解説します。
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日本においてはみずほFGへの提案が初
日本における気候変動関連の初めての株主提案は、2020年3月、みずほフィナンシャルグループ(みずほFG)に対して行われたものに遡ります。[1] パリ協定の目標に沿った投資を行うための経営戦略を記載した計画を開示することを求めたこの株主提案は、6月の株主総会では議決権を有する株主の34.5%の支持を得たものの、否決されました。[2]
翌年2021年には住友商事、東洋製缶GHD、三菱UFJに対して提案がされましたが、いずれも20%前後のみの賛成にとどまり、否決されています。
翌2022年(現時点)では、オーストラリアのNGOであるマーケット・フォースなどから三菱商事、東京電力、中部電力、三井住友フィナンシャルグループが、仏アムンディらからJパワーが、株主提案を受けました。[4]
なぜ“株主提案”か?
株主提案の中でも、与えられた議案に対する賛成反対を表明する以外に投資家の意思を経営者に表現できる機会はあまりなく、その少ない機会の一つが定款変更を議案とする“株主提案”です。定款に対する株主提案を受けて反対をするにしても投資家に理由を説明する必要が出てくるため、経営層の意識・行動変容を促すきっかけになるのではと言われています。[5]
これまでの日本における株主提案は全て定款の変更を求めるものになっていますが、いずれも以下の表のとおり賛成率が軒並み40%以下となっており、通常定款の変更に必要な3分の2の賛成を集められているわけではありません。
実際に2020年に株主提案を受けたみずほFGは翌月4月に2030年までに25兆円のサステナブルファイナンスを実施すると発表したり、今年株主提案を受けた三菱商事は5月にエネルギートランスフォーメーション関連に3年で1兆2000億円を投じる計画を打ち出すなど、少なからず株主提案によって一歩踏み込んだ計画が立てられています。[3][6]
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提案者は何を主張しているのか?
提案者の多くは温暖化ガス排出量を実質ゼロにするまでの道筋を定めて開示し、50年の排出実質ゼロ目標との整合性評価の開示を定款に規定することを求めています。ここでは、業種ごとに、株主提案の提案内容の概要を簡単に紹介します。
電力系
2050年炭素排出実質ゼロへの移行における資産の耐性の評価報告の開示
(東京電力HDへの株主提案)
本会社は,グループ全体で化石燃料関連事業に多数関与し,更なる事業の拡大戦略を掲げていることを踏まえれば,重大な移行リスクを抱えており,全事業セグメントのエネルギー関連資産の耐性評価を行い,2050年炭素排出実質ゼロシナリオにおける企業価値の維持向上が急務である。本提案の可決により,株主は自らの資産の保全に必要な重要情報を知り得る。また,本会社は脱炭素経済への移行におけるリスクと事業機会の適切な管理を行い,企業価値の維持向上が可能となる。
気候ネットワーク[10]より
温暖化ガス排出量削減に係る事業計画の策定および公表
(Jパワーへの株主提案)
我々は、本会社の、2050 年までにカーボンニュートラルを達成するとの本会社の意向を評価するがしている一方で、本会社の目標が未だにパリ協定の目標と整合していないことは株主にとっての様々な重要な経済的リスクとなっている。我々は、科学的根拠に基づく目標を設定し、それを達成するための事業計画を開示することが、かかるリスクに対処し企業価値を保全するうえで最良であると考える。
Jパワー[11]より
設備投資と温暖化ガス排出量削減目標との整合性に係る当社評価の開示
(Jパワーへの株主提案)
石炭火力発電事業による大量の温暖化ガス排出及び本会社の気候変動対応計画書において詳述されている火力発電の脱炭素技術にまつわる経済合理性及び実現可能性の確からしさのレベルが低いことに鑑みると、当該目標に整合した設備投資は本会社の企業価値にとって極めて重要である。我々は、本会社が設備投資の温暖化ガス排出量削減目標との整合性についての評価についてより多くの情報を開示することより、本会社の企業価値が保全されると考える。
Jパワー[11]より
報酬方針が温暖化ガス排出量削減目標の達成をどのように促進するものであるかの開示
(Jパワーへの株主提案)
我々は、報酬と温暖化ガス排出量削減目標の達成を直接リンクさせることは、経営陣の
Jパワー[11]
脱炭素化目標に向けた取り組みを促進する重要な仕組みとして本会社の利益となり、企
業価値を保全するものと考える。
商事系
パリ協定の目標に沿った投融資を行うための経営戦略を記載した計画の策定・開示
(住友商事への株主提案)
他の商社が石炭関連資産を処分する中、当会社の石炭事業方針は現在でも、既存の探鉱取得や発電所新設を許容している。当会社は、石油、ガス事業に関しても、パリ協定と整合するカーボンニュートラル化への道筋を示していない。当会社は、自らの不十分な方針とその実行により脱炭素経済への移行に伴い重大な経済リスクにさらされる。本提案により株主は、当会社の当該リスク管理が適せるか否かを知り得る。
日本取引所グループ[12]より
パリ協定目標と整合する中期および短期の温室効果ガス削減目標を含む事業計画の策定開示
(三菱商事への株主提案)
本会社は、国際エネルギー機関が示す 2050 年ネットゼロシナリオに反し、火力発電所の建設、ガス田やLNG インフラの新規開発計画を継続、拡大させている。これは、自らの 2050 年までのネット・ゼロ排出目標と時間軸が明らかに矛盾する。 本提案の可決により、本会社は脱炭素経済への移行におけるリスクを早期かつ確実に削減し気候変動リスクの適切な管理を行うことにより、企業価値の維持向上が可能となる。
日本取引所グループ[13]より
新規の重要な資本的支出と 2050 年温室効果ガス排出実質ゼロ達成目標との整合性評価の開示
(三菱商事への株主提案)
本会社が、国際エネルギー機関の 2050 年ネットゼロシナリオに反して火力発電所の建設、ガス田や LNGインフラの新規開発計画への関与を持続しており、移行リスクの拡大を伴う。2050 年ネットゼロ目標と整合する資本配分の枠組みなしに、時間軸、前提シナリオが相容れない事業や企業活動を継続することは、重大な減損処理の危険性を孕む。本提案の可決により、本会社は脱炭素経済への移行におけるリスクをより正確に把握、株主に開示し、減損の未然防止により長期的な企業価値の維持向上が可能となる。
日本取引所グループ[13]より
銀行系
パリ協定の目標に沿った投融資を行うための経営戦略を記載した計画の策定・開示
(みずほFGへの株主提案)
現在、御社は、石炭火力事業会社に世界で最も多額の貸付を行っており、脱炭素経済への移行において価値が著しく低下する事業による甚大なリスクに晒されている。本提案により、株主は、当該リスクに対し御社がどのように対応するのかを知ることが可能になる。
気候ネットワーク[14]より
パリ協定目標と整合する中期および短期の温室効果ガス削減目標を含む事業計画の策定開示
(三井住友FGへの株主提案)
本提案は、パリ協定目標に沿って、すべての投融資ポートフォリオにわたる短期(2025年まで)および中期(2030 年まで)の温室効果ガス削減目標を含む事業計画を策定し、開示することにより、当会社が気候変動に伴うリスクを適切に管理し、情報の透明性を確保するとともに、企業価値を維持向上させることを目的とする。
日本取引所グループ[15]より
IEA によるネットゼロ排出シナリオと一貫性ある貸付等
(三井住友FGへの株主提案)
当会社は、2050 年までに投融資ポートフォリオの温室効果ガス排出をネットゼロにする目標を掲げているが、化石燃料の拡大を促進する案件に引き続き多額の資金提供を続けている。当会社が移行リスクを適切に管理し、脱炭素社会への流れをけん引する金融機関となるためにも、本条項を定款に追加することを提案するものである。
日本取引所グループ[15]より
株主提案へはどのように備えるべきか
① SBTで備える
前項で述べたように、2.0℃目標や1.5℃目標を世に広めたパリ協定や、各社が宣言するカーボンニュートラル等の宣言と現在の各社の経営方針との整合性が明確ではなく、かつ大きなインパクトがある大企業が株主提案の対象となりやすい構造が見えてきます。この要求は、科学に基づいて削減目標を設定するSBTの取得によって、回避できるのではないかと弊社では考えています。
事実、これまでに株主提案を受けている9社は2022年7月16日現在でSBTの認定を取得できていません(現時点で日本企業221社が取得済み)。さらに、東洋製缶GHDを除く8社は認定取得の前段階である「2年以内のSBT設定の表明」もしていない状況です(現時点で日本企業55社が表明済み)。[7][8]東洋製缶GHDに関しても、表明を行ったのが2021年11月であることを考えると、株主提案前に表明できていた企業はなかったことになります。
② 移行計画を充実させる
前項に述べたSBT対応によって、自社がなさなければならない削減量の推移が分かるかと思われます。次にすべきことは、SBT対応で明確になった毎年の削減量をどのように実現させていくかという移行計画の部分です。
移行計画については、「TCFD開示の更なる“レベルアップ”のために必要な「移行計画」について解説!英では開示義務化へ」で解説しています。
また、移行計画の開示例については「TCFD開示の“レベルアップ”へ 「移行計画」を解説:ユニリーバ編」をご覧ください。
まとめ
日本企業に対する気候変動関連の株主提案は2020年以降着実に増えています。それらの株主提案は、パリ協定や2050年ネットゼロ目標に沿った事業計画や既存の事業計画との整合性の開示を定款に規定することを求めています。これまでそれらの提案は賛成少数で否決されてきたものの、経営層の意識を変えるきっかけになっています。
株主提案を受けてから大幅に事業計画を見直すよりも、SBT取得や移行計画の設定をあらかじめ行っておくことで、株主提案を避ける又は、株主提案を受けてもすぐに適切な対応をし、市場に対してポジティブなアピールができるのではないかと弊社では考えています。
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参考文献
[1] Bloomberg(2022年6月24日)「気候対応迫る株主提案に『可決率0.4%』の壁-それでも効果期待」
[2] 気候ネットワーク(2022年1月21日)「【プレスリリース】 みずほFGへの株主提案の議決結果について (第2次集計)(2021年1月21日)」
[3] 日本経済新聞(2022年6月22日)「揺れる気候変動の株主提案 商社や電力大手が反対表明」
[4] Bloomberg(2022年6月29日)「環境団体、株主提案全て否決も『企業との対話強化』-脱炭素対応」
[5] スチュワードシップ研究会(2022)「気候変動対策を求めた株主提案と定款の役割」
[6] Sustainable Japan(2022年6月26日)「【日本】みずほFG、環境NGO提出の気候変動株主提案で35%の賛成票。海外機関投資家中心に現状以上求める」
[7] 環境省(2022)「SBTに参加している国別企業数」
[8] Science Based Targets(2022)“COMPANIES TAKING ACTION”
[9] 大和総研(2021)「気候変動株主提案から見る情報開示制度の在り方」
[10] 気候ネットワーク(2022)「東京電力ホールディングスへの株主提案」
[11] Jパワー(2022年5月24日)「株主提案に対する当社取締役意見に関するお知らせ」
[12] 日本取引所グループ(2022年5月13日)「株主提案に対する当社取締役会の意見について」
[13] 日本取引所グループ(2022年5月10日)「株主提案に対する当社取締役意見に関するお知らせ」
[14] 気候ネットワーク(2020年3月13日)「表題:株主提案書」
[15] 日本取引所グループ(2022年5月13日)「株式会社三井住友フィナンシャルグループ 株主提案に対する当社取締役会の意見について」
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