Last Updated on 2024年3月14日 by Yuma Yasui

2021年6月の東証CGコード改訂により、今年度4月からプライム企業へはTCFD開示が求められるようになりました。また金融庁によると、2023年度より、有価証券報告書における気候変動開示が義務化される見込みです(「金融庁 有価証券報告書にて気候リスクの開示義務化へ」)。

既に対応を始めている企業様におかれましては、TCFDの4要素の一つである「戦略」のシナリオ分析に取り組まれていることと存じます。TCFDのシナリオ分析では、「財務影響の算定」をすることが目指すべき一つのゴールといえます。

〈シナリオ分析解説シリーズ〉の第3回目にあたる今回の記事では、この財務影響の算定方法について、実務的な観点から解説いたします。

シナリオ分析のロードマップを理解する、「シナリオ分析セミナー」
⇒セミナーに申し込む

TCFD開示の「戦略」のおさらい

TCFD開示は4つの開示項目で構成されています。そのうちの一つが「戦略」であり、主に気候変動に関するリスクと機会がもたらす事業・戦略・財務計画への潜在的な“影響”を定量と定性の双方で開示する項目になります。その「戦略」部分の最初のステップが気候変動における企業のリスクと機会の洗い出しになります。

リスクと機会とは?

リスクと機会とは、世界情勢や将来予測の情報を収集・分析した上で気候変動がもたらす財務影響上のリスクと機会を示します。また、リスクと機会の洗い出しと評価の過程においては気候変動の関連するリスクのみならず、ビジネス上におけるリスクや情報セキュリティ、コンプライアンスに関連するリスクも評価することが一般的です。

リスクと機会の内容については、以下の記事を参照することでより深く知ることができます。ぜひご参照ください。「TCFD開示のシナリオ分析における『リスクと機会』とは?基本の考え方から開示例まで解説!

リスクと機会の“影響度”の算出=財務影響の算出

洗い出したリスクと機会を定性的または定量的に表すことで、洗い出したリスクと機会の影響度を具体的に示すことができます。

定性的な表現方法としては、5フォース分析等を用いて洗い出したリスクと機会から関係するステークホルダーごとに企業の将来的なシナリオを整理します。

そして定量的には、リスクと機会への対応に伴う財務影響を金額で表現する手法があります。この、洗い出したリスクと機会項目の影響度を定量的に表現する方法こそが、「財務影響の算定」を意味しています。

リスクと機会の“影響度”は金額で表現することが重要

TCFD開示においては、リスクと機会の影響度を金額を用いて定量的に表現することが重要です。そもそもTCFD提言において財務影響を算出することが規定されているため、CDP等の評価機関からの高評価を見込むことができます。また、TCFDは投資家向けに情報開示をさせるためのフレームワークであるため、”財務”の影響を示すことで投資家などからの評価も期待できます。

この記事では、この定量的な財務影響の算定方法と具体的な流れについてご説明いたします。

シナリオ分析のロードマップを理解する、「シナリオ分析セミナー」
⇒セミナーに申し込む

財務影響の算定プロセス

財務影響を算定するにあたり、まずはリスクと機会がもたらすインパクトの評価を行い、その中で比較的影響度の高いもので、且つ算定式が立てやすいものを範囲として特定する必要があります。財務影響算定可能な範囲の特定から実際に算定する段階までの流れをご説明いたします。

STEP① パラメータの設定

まずはじめに、財務影響算定範囲を特定するための一つの指標として、パラメータがあります。

パラメータとは?

TCFDでシナリオ分析をするうえで、10年後、30年後の世界がどのように変化しているのかを予測を立てる際に個人の主観や思い込みで予測するのではなく、信頼性のある外部組織が公開または有償で提供しているデータやレポートを使って、パラメータ(=変数)を考えていく必要があります。

よく用いられるデータベースは下記になります。

移行リスク:
・IEAレポート
・PRIレポート
・SSPレポート

物理的リスク:
・気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)
・物理的リスクマップ
・ハザードマップ等

またこのほかにも、論文等も活用することができます。

以上、洗い出したリスクと機会のうちで算定式をつくるにあたって、上記で紹介した信頼度の高い外部機関のデータベースや論文等から、データを探し算定式に当てはまるもののみ算定範囲可能としています。

STEP② 算定範囲の決定

続いてどのような内容が財務影響算定可能な範囲なのかをご説明いたします。

基本的な財務影響算定範囲

基本的な財務影響算定範囲は「炭素税導入に伴う費用の増加」と「エネルギーミックスの変化に伴う費用の増加」の2つです。この2項目は、あらゆるセクター・規模の事業者が影響を受けるもので、シナリオ分析における財務影響算定範囲として最も一般的です。

(1) 炭素税に伴う費用の増加
炭素税とは、環境破壊や資源の枯渇に対処するための取り組みを促進する環境税の一種です。有限資源で化石燃料(石炭・石油・天然ガス)に、炭素の含有量に応じて税金を課し、化石燃料やそれを利用した製品の製造・使用の価格を引き上げることで需要を抑制し、環境資源の浪費と二酸化炭素排出量を抑える経済的政策手段です。

上記、今後導入される炭素税が現在の電力使用料で、炭素税分が増えるとするとどのくらい費用コストが増加するかを算定する必要があります。また、2030年と2050年でそれぞれ科せられる炭素税の大きさが変わってきます。それぞれを把握する必要もあります。

(2) エネルギーミックスに伴う費用の増加
業界問わず企業が炭素税導入時に頭を悩ませるのは、特にオフィス等で使われる電力になります。本社ビル、工場等で使われる電力を炭素税導入に備えて、再生可能エネルギーに変換する場合の移行コストがいくらかかるか把握するために算定が必要です。

STEP③ 財務影響の算定式の組み立て方法

続いて、基本的な財務影響算定範囲における算定式を見ていきましょう。

(1) 炭素税導入に伴う費用の増加

炭素税導入に伴う費用の増加 = ①Scope1・2排出量(t-CO2) × ②炭素価格(円/t-CO2)

①Scope1・2排出量(t-CO2)
Scope1(スコープ1)とは、自社での燃料の使用や工業プロセスによる直接排出の温室効果ガスの排出量のことを指し、また、Scope2(スコープ2)とは、自社で他社から供給された電気、熱、蒸気を使用した事による間接排出の温室効果ガスの排出量です。

Scope1・2双方とも自社における燃料使用量等の活動量データに排出量単位を乗じて算定します。つまり、「排出量=活動量×排出原単位」の算定式で表すことができます。詳しくは、以下の記事をご覧ください。「スコープ1,2,3とは?各スコープの詳細から、温室効果ガス排出量の算定方法まで解説

②炭素価格(円/t-CO2)
下記の表をご覧いただくと、2030年と2050年それぞれの炭素価格が異なります。これは、IEA の「Net-Zero by 2050 A Roadmap for the Global Energy Sector」に記載されているデータを使用しており、円換算に変換すると上記の赤文字の値になります。

炭素価格(ドル)為替相場炭素価格(円)
  2030年13011014,300
  2050年25011027,500
出典:弊社資料より

(2) エネルギーミックスの変化に伴う費用の増加

エネルギーミックスの変化に伴う費用の増加 = ①電力使用量(kWh) × ②上昇分の電力価格(円/kWh)

①電力使用量(kWh)
会社ごとの電力使用量のため、自社のデータをご確認ください。

②上昇分の電力価格(円/kWh)
上昇分の電力単価においては、東京電力が出している電力単価(2021年)と2030年、2050年それぞれの電力単価の差分から上昇額を出しています。

1.5℃4℃
上昇額電力単価上昇額電力単価
2021年26.0026.00
2030年0.9326.93-0.9625.04
2050年1.4027.40-4.8121.19
出典:弊社資料より



以上における詳しい算定方法につきましては、弊社までお問い合わせください。

企業事例:キリン

キリン株式会社は、CDPの評価機関でTCFD開示において高評価を獲得しています。CDP公式サイトで開示されている財務算定項目を見ていきましょう。

炭素税に伴う費用の増加

炭素税に伴う費用の増加において、キリン株式会社は評価機関CDPにて以下のように開示し高評価Aを獲得しました。

キリングループは、日本、オセアニア、東南アジア他で酒類・飲料事業を展開しており、それらの国・地域における新たな規制は将来的に事業に影響を及ぼすリスクがあると考えられることから、先を考慮して事業戦略を検討することは重要である。

 例えば、現在日本の環境省が炭素税の導入を目指し調整を進めているが、2020年の国内ビール・スピリッツ事業・国内飲料事業の売上収益の合計は全体の48.8%であり、国内のスコープ1+2排出量が約463千tCO2のキリングループにとって、国内で炭素税が導入される可能性が高いことは、キリングループにとって財務的な負担増加のリスクを意味する。

また、キリングループでは4つの気候変動シナリオを設定し、それぞれで2030年、2050年のカーボンプライシングの影響評価を試算している。仮にキリングループがGHGを削減しなかった場合、SBT1.5度目標(2030年目標)を達成した場合に比べ、2030年時点で炭素税として年間22億円のコスト負担増が見込まれる。

・下記、計算式の説明
キリングループでは4つの気候変動シナリオを設定し、それぞれで2030年、2050年のカーボンプライシングの影響評価を試算している。

仮にキリングループがGHGを削減しなかった場合、SBT1.5度目標(2030年目標)を達成した場合に比べ、2030年時点で炭素税として年間22億円のコスト負担増が見込まれる。この値は、GHG排出量×炭素税($60/t)で試算している。

・上記のリスクにおける対応
キリングループは、日本、オセアニア、東南アジア他で酒類・飲料事業を展開しており、それらの国・地域における新たな規制は将来的に事業に影響を及ぼすリスクがあると考えられることから、先を考慮して事業戦略を検討することは重要である。

例えば、現在日本の環境省が炭素税の導入を目指し調整を進めているが、2020年の国内ビール・スピリッツ事業・国内飲料事業の売上収益の合計は全体の48.8%であり、国内のスコープ1+2排出量が約463千tCO2のキリングループにとって、国内で炭素税が導入される可能性が高いことは、キリングループにとって財務的な負担増加のリスクを意味する。 

このリスクへの対応としては、これまでノウハウを蓄積してきた生産技術・エンジニアリング技術を活かして設備投資を行い、省エネ効果で再エネ調達コストを相殺することで、2030年過ぎまでは経済的価値を損なわずにSBT1.5℃目標を達成することが可能だと考えている。例えば、キリンビールでは、ヒートポンプ・システムの活用による省エネを実施しており、2019年キリンビールの排水処理場へヒートポンプ・システムを導入し、国内5工場で稼働を開始した。この対応にかかった費用は4億6,230万円であった。 これらの取り組みもあり、2020年度時点でのSBT1.5℃目標の達成率は、19%となった。

CDPより

以下、キリン公式HPで掲載されていた資料から一部抜粋。

キリン[3]より

まとめ

投資家やCDPなどの評価機関からの高評価を獲得するために気候変動リスクを定量的に算出する事の重要性、また実際に算定するにあたって基本的な範囲とその算出方法を学びました。

今後TCFDが日本で主流となるにあたり、評価機関からの高評価を得ることが業界関係なく求められることが予測されます。その際には、自社内で気候変動におけるリスクを実際に定量的に算出する際にどういったデータを収集するべきか、またはどのような算出方法で行う必要があるのかをしっかりと準備する必要があるでしょう。


算定方法やデータ収集にお困りの際は、ぜひとも弊社にご相談ください

#TCFD #シナリオ分析 #算定

TCFD提言の基本を学ぶ!

「なぜ今TCFDが求められているのか」から、「どんなプロセスで対応していけば良いのか」
までをご理解いただけます。

参考文献

メールマガジン登録

担当者様が押さえるべき最新動向が分かるニュース記事や、
深く理解しておきたいトピックを解説するコラム記事を定期的にお届けします。

リクロマ株式会社

当社は「気候変動時代に求められる情報を提供することで社会に貢献する」を企業理念に掲げています。

カーボンニュートラルやネットゼロ、TCFDと言った気候変動に関わる課題を抱える法人に対し、「社内勉強会」「コンサルティング」「気候変動の実働面のオペレーション支援/代行」を提供しています。

Author

  • 根本 愛

    リクロマ株式会社コンサルタント。法政大学大学院、政策創造研究科。高校卒業後にフィリピンの農村部の農家でファームステイを経験。大学4年時には休学し、フィリピンにトビタテ留学。現地の大学でのフィールドワーク調査と教育支援系NGO団体でインターンを経験する。社会課題解決のビジネスを研究する中で気候変動に対する企業の取り組みに興味持ち、リクロマ株式会社に参画。