Last Updated on 2025年2月27日 by AmakoNatsuto

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気候移行計画(Climate Transition Plan: CTP)CDPやIFRS S2で開示項目の一つとなり、企業による計画策定は、ここ数年で急速に進展しています。中でも、CDP基準の気候移行計画は網羅性が高く、これに対応することは他の開示でも役に立ちます。本コラムでは、CDP基準の気候移行計画の構成要素であるシナリオ分析について解説していきます。

<サマリー>

  • 気候移行計画とは「企業が低炭素経済に移行するための戦略と具体的行動計画」
  • CDP基準の気候移行計画は、CDPが定める「移行」や「信頼できる気候移行計画」に沿っていることが重要
  • シナリオ分析では、複数のシナリオを用いて、仮定や不確実性、制約を想定することが重要

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気候移行計画とは何か?

気候移行計画とは「企業が低炭素経済に移行するための戦略と具体的行動計画」を指します。CDPやTCFD、ISSBなどのグローバルなさまざまな開示基準で求められている開示項目の一つです。

CDP基準の気候移行計画の3つの主な特徴

一つ目は、CDPが定める「移行」に沿った経営戦略である必要があります。CDP基準の気候移行計画は下記の2つの成果が得られるアクションを「移行」と同義としている特徴があります。

成果:

  • 世界の平均気温が産業革命以前に比べ1.5℃以下になる
  • 自然生態系が回復する

二つ目は、CDPが定める「信頼できる気候移行計画」のポイントを押さえている必要があります。CDP基準では信頼できる気候移行計画の特長や策定時に満たすべき原則などの具体的な事項を設定しています。これらをできるだけ満足させる気候移行計画を立てることが重要になります。

CDPが要求する気候移行計画についての解説はこちら
CDPが要求する気候移行計画で押さえるべきポイントは?

三つ目は、CDPの質問に適切に回答することが重要です。CDP基準の気候移行計画は、CDP質問書の設問と整合性が取れています。そのため、企業の各設問への適切な回答自体が気候移行計画の策定につながる建て付けになっています。したがって、これまで通り企業が「対応するCDP設問に適切に答えられているか」が鍵となります。

以下のテーブルはCDPの各設問と気候移行計画の関連を示しています。

(出所:CDP2024コーポレート質問書概要および CDP Technical Note: Reporting on Climate Transition Plans をもとに弊社作成)

気候移行計画の構成要素「シナリオ分析」とは

CDPでは、信頼できる気候移行計画の要素の一つとしてシナリオ分析を挙げています。シナリオ分析の要求水準は、「複数の潜在的な将来の気候状態に基づき、気候移行計画の策定に役立てる戦略的ツールとして使用すること」です。これを達成するためには、前述した通り、シナリオ分析に関する設問に適切に回答することが重要になります。

シナリオ分析に関する設問の概要

2024年のCDP質問書では、設問5.1、設問5.1.1、設問5.1.2、設問5.2がシナリオ分析に関する内容となっています。

  • 設問5.1:シナリオ分析自体の実施有無
  • 設問5.1.1:分析で使用したシナリオの説明
  • 設問5.1.2:シナリオ分析結果や分析により得られた示唆の詳説
  • 設問5.2:気候移行計画の有無
    • 気候変動計画が存在する場合は、その気候移行計画が整合する気温上昇(2℃未満/2℃)、公開の有無、化石燃料の拡大につながる活動における収支の停止へのコミットメントの程度、株主から気候移行計画のフィードバックを得られる仕組みの有無、移行計画の進捗状況、気候移行計画で考慮する気候以外の環境課題などの回答および説明
    • 気候移行計画が存在しない場合は、計画を持たない理由の説明

設問5.1.1 分析に使用したシナリオの説明

設問5.1.1では以下の2つの観点で、使用したシナリオの説明と、自社がそのシナリオをどのように捉え、どのような前提・仮定に基づいて分析を進めたかを回答する必要があります。

観点1:実施したシナリオ分析に関する基本的な項目

  • 分析に使用したシナリオ:IEA NZE 2050、IPCC RCP 8.5 など
  • 分析の対象範囲: 組織全体、事業レベル、製品レベル、施設レベル、国・地域レベル
  • 考慮したリスク: 急性の物理的リスク、慢性の物理リスク、法的責任リスク、市場リスク、政策リスク、評判リスク、技術リスク
  • 想定した平均気温の上昇幅: 1.5℃以下から4.0℃以上までの幅の中から選択
  • 分析の対象期間: 2025年から2100年まで1の幅の中から選択

観点2:使用したシナリオ自体の前提・仮定や自組織が重視する前提

  • シナリオのドライビング・フォース(推進力)
  • シナリオにおける仮定・不確実性・制約
  • シナリオ選択の根拠

シナリオのドライビング・フォース(推進力)とは

シナリオ分析における「ドライビング・フォース」とは、そのシナリオにおいて将来の変化や不確実性を引き起こす主要な要因や力のことを指します。すなわち、ドライビング・フォースは、シナリオの枠組みを形作る際の「骨格」です。シナリオ分析の過程では、高い影響力を持ちつつも不確実性が高い要因を中心に据えることで、複数の可能性を考慮したシナリオが構築されていきます。そのため、シナリオ分析の実施にあたっては、使用したシナリオにおいてどのような要因が考慮されており、それらがどのような相互作用を有しているのかを理解することが必要です。

2024CDP質問書では、シナリオに影響を与えるドライビング・フォースとして、TNFDのリストに沿った7類型の選択肢が提供されています。

ドライビングフォース具体例
地域生態系資産の相互作用、依存、影響自然状態の変化、影響を受けた生態系の数、生態系サービス提供の変化、自然状態や生態系サービスの変化スピード
金融・保険資本コスト、自然の影響と依存に対する資本の反応
ステークホルダーと顧客の要求消費者心理、自然の影響に対する消費者の関心
規制当局、法制度、政策の体制グローバルの規制、グローバルな政策目標、科学の政治的影響
関連技術と科学クローズドからオープンへデータ体制の変化、データの利用可能性
気候との直接的な相互作用資産価値や企業価値、気候レジームの有効性の認識
マクロ経済とミクロ経済国内成長、市場のグローバル化
(出所:CDP コーポレート完全版質問書 日本語仮訳をもとに作成)

シナリオにおける仮定・不確実性・制約とは

シナリオにおける仮定不確実性制約とは、それぞれ以下のような要素を指します。

  • 仮定: シナリオを構築する際に前提として設定される条件や考え方を指します。たとえば、「技術革新が特定の速度で進む」や「規制が現状維持される」といったものです。
  • 不確実性: 将来について予測が困難であり、結果が複数の可能性を持つ要素を指します。たとえば、経済の成長率、気候変動の進行速度、社会的な価値観の変化などがあります。
  • 制約: シナリオの範囲や現実的な条件を限定する要因を指します。たとえば、時間、資源、技術、法律など、シナリオの現実的な適用性を考慮した要素です。

仮定、不確実性、制約を考慮した分析は、精度が高く、柔軟で現実的な戦略を支える重要な基盤となります。一方、それらを考慮しない分析は、短期的には見栄えの良い結果を得られる可能性があるものの、長期的な視点や変化への対応力に乏しく、不確実な未来に対して脆弱性を抱えることになります。

たとえば、仮定が明確に定義されている場合、分析の信頼性と透明性が向上し、意思決定者が前提条件や制約を正しく理解して戦略を構築できます。さらに、不確実性を適切に評価することで、複数のシナリオを準備し、将来の変化に柔軟に対応する能力が強化されます。一方で、これらを考慮しない場合、リスクや機会の評価が不十分となり、予期しない変化に対する戦略の脆弱性が高まります。また、制約を無視すると、現実味を欠いた計画が立てられ、実行可能性が確保できなくなる可能性があります。

設問5.1.1のガイダンスでは、仮定、不確実性、制約の例として以下項目に言及して説明することが求められています。

  • 操業国・操業地域や、事業に関連のある国・地域の規制や政策
  • マクロ経済の動向
  • 国レベル・地域レベルの変数
    • 天候パターン
    • 人口動態
    • 土地利用
    • エネルギー利用慣行とエネルギーミックスの変化
    • 天然資源の入手可能性
  • 技術の進展

シナリオ選択の根拠とは

複数のシナリオを用いて分析を実施する際に、使用するシナリオの選定に明確な根拠を持つことは必要不可欠です。特に、異なる温度帯や世界観を含むシナリオを選ぶことで、想定外の可能性を排除し、幅広い未来の不確実性に対応できる柔軟な分析が可能になります。

5.1.1のガイダンスでは、以下項目に言及してシナリオ選択の根拠を示すことが求められています。

  1. シナリオの重要性
    • 選択したシナリオが、組織の事業戦略や財務計画のレジリエンスを評価する上で重要である理由。
    • 組織の戦略や財務計画における重要な前提とシナリオがどのように整合しているか。
  2. 気候関連リスク・機会への適合性
    • 自社の気候変動や不確実性に対するレジリエンスを評価する上で、当該シナリオが重要である理由。
    • 選択したシナリオが最新の国際的な気候変動合意(例: パリ協定)と整合している場合、その具体的な記載。
  3. データソースとモデルの透明性
    • 使用したシナリオの出所(例: IEA, IPCCなど)

参考:SSPシナリオ

設問5.1.1ではSSPシナリオの使用有無を問われる小問があります。SSPとは、 ”Shared Socio-economic Pathways” の頭文字をとった略称であり、日本語では「共通社会経済経路」と呼ばれます。

シナリオ2100年人口人口増加所得不平等消費・生産の特徴貿易技術進歩緩和の課題適応の課題適応能力
SSP1約70億人ピーク後減少減少資源集約度が低い・低いGHG排出の食糧生産・低い食料廃棄量自由貿易高(環境配慮型)
SSP2約90億人徐々に減少継続記述なし
SSP3約130億人高い継続資源集約型貿易障壁
SSP4約90億人特定の地域で顕著記述なし記述なし記述なし
SSP5約70億人ピーク後減少減少資源集約型自由貿易
(出所:IPCC 「Summary for Policymakers」をもとに作成)

高得点をとるために重要なこと

設問5.1.1のガイダンスおよび採点基準では、1.5℃以下のシナリオと3.0℃以上のシナリオの2パターン以上の分析実施が求められています。複数のシナリオにもとづいた分析が推奨される理由は、企業を取り巻く外部環境に「不確実性」があるためです。気温上昇度合いが異なる両極端の世界観を想定することで、潜在的なリスクと機会を網羅的に洗い出すことができるという考え方です。

設問5.1.1で満点を獲得するためには、1.5℃シナリオの回答行と3.0℃以上(多くの企業では4℃以上)のシナリオの回答行の合計2行を記入して提出する必要があります。

(出所:CDP2024質問書およびスコアリングメソドロジーをもとに当社作成)

まとめ

本コラムでは、CDP基準の気候移行計画の構成要素であるシナリオ分析のポイントを解説しました。シナリオ分析の目的は、企業が長期的でグローバルな気候目標に整合したビジネスモデルを有することを示し、脱炭素社会に適応した存在であり続ける確証を投資家に与えることです。CDP基準の気候移行計画のシナリオ分析では、複数のシナリオを用いて、さまざまな観点から仮定や不確実性、制約を想定することが重要になります。

#CDP

CDP(気候変動質問書)とは?

【このホワイトペーパーに含まれる内容
・CDPの概要やその取り組みについて説明
・気候変動質問書の基本情報や回答するメリット、デメリットを詳細に解説
・気候変動質問書のスコアリング基準と回答スケジュールについてわかりやすく解説

参考文献

[1] CDP(2024) “CDP Technical Note: Reporting on Climate Transition Plans” (閲覧日:2025年2月23日)
[2] CDP(2024) “Technical Note on Scenario Analysis” (閲覧日:2025年2月23日)
[3] CDP 「コーポレート完全版質問書 日本語仮訳 」2024年(閲覧日:2025年2月23日)
[4] 環境省「シナリオ分析の実施ステップと最新事例」 (閲覧日:2025年2月23日)
[5] 環境省「2. シナリオ分析 実践のポイント」(閲覧日:2025年2月23日)

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  • 大学では気候変動の経済学を専攻し、リクロマ株式会社には創業初期よりコンサルタントとして参画。 情報開示支援を中心に温室効果ガスの排出の算定や高度なシナリオ分析の業務を担う。

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