【気候変動関連用語がまるわかり!用語集はこちら】
2023年9月18日にTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の最終提言が公開されてから、各組織で情報開示の対応が進みつつあります。
また、TNFDの先駆けであるTCFDが2023年10月に解散し、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)に引き継がれてから1年あまりが経過し、今後はISSBを基準とした開示基準の公表が想定されています。
本記事では、自然資本リスクを把握・評価するための基本情報や、TNFDに参画するメリット、開示を行っている企業の好事例について解説します。
TNFDとは
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)とは、民間企業や金融機関などが、自然資本に関するリスクや機会を適切に評価し、開示するための枠組みを構築することを目的として設立された、国際的な組織のことを指します。
ここからはTNFDの概要や、設立の背景と重要性について解説します。
TNFDの概要
TNFDに先駆けた組織として設立されたTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)との類似点および相違点を確認しましょう。
類似点は、開示項目です。TNFDはTCFDと同様に、「ガバナンス」「戦略」「リスクと影響の管理」「指標と目標」という4つの柱をベースに構成されています。
相違点は、「領域」と「注目する事業活動の流れ」です。
「領域」とは、TCFDは気候変動関連のリスクと機会であるのに対し、TNFDは自然資本関連のリスクと機会を対象としています。
「注目する事業活動の流れ」とは、TCFDは、サプライチェーン(供給の連鎖)の情報を見る一方、TNFDは、バリューチェーン(価値の連鎖)上の情報を見ます。
ここでは、自然資本関連のリスクと機会を具体的に説明します。
まず、自然資本関連のリスクは、急性/慢性的な物理的リスク、政策・法制度、市場、評判、技術に関する移行リスクがあります。
具体例:
- 急性/慢性的な物理的リスク
- 例:事業運営により企業やステークホルダーが排出する汚染による淡水生態系の劣化を原因とした生態系(供給)サービスの変化
- 政策・法制度の移行リスク
- 例:ネイチャーポジティブの推進/ネイチャーネガティブの抑制を目的とした貿易規制、関税、権限の割り当て、OECMなどの保全エリアの変更
- 責任の移行リスク
- 例:自然劣化を招く営利活動に課せられるペナルティー
- 市場の移行リスク
- 例:自然再生に資する/自然劣化を軽減する製品やサービスに対する顧客/投資家の価値観や趣向のシフト
- 評判の移行リスク
- 例:企業やブランドによる環境影響に対する人々の所感の変化
- 技術の移行リスク
- 例:より効率的で環境影響が小さい技術への要請(精密農業など)
次に、自然資本関連の機会は、ビジネスパフォーマンス(市場、資源効率、製品・サービス、資本フロー・資金調達、評判)、サステナビリティパフォーマンス(資源の持続可能な利用、生態系の保全・回復・再生)に整理されています。
企業は、リスクの対応によって利益減を最小限にするだけでなく、機会をビジネスチャンスとして生かすことで、既存の事業の拡大や新規事業の開発とそれに伴う利益増が期待できます。
具体例:
- 資源効率
- 例:自然に依存した事業にともなうリスクを減らす循環経済への移行
- 製品・サービス
- 例:自然ベースのソリューション(NbS)を提供する製品やサービス
- 市場
- 例:新興市場への参入
- 資本フロー・資金調達
- 例:生物多様性クレジットや生態系サービス支払いなどの公的なインセンティブの利用
- 評判
- 例:企業やブランドによる生態系サービスへのポジティブな影響に対する肯定的な評価や感情の変化
- 生態系の保全・回復・再生
- 例:絶滅危惧種の保護・保全・持続可能な管理
- 自然資源の持続可能な利用
- 例:プロジェクト・製品・サービスの環境認証制度の活用
TNFD設立の背景と重要性
TNFDが設立された背景には、生物多様性の劣化が加速しており、経済や金融に重大なリスクをもたらすおそれに対する認識の高まりがあります。
そのため、TCFDが進めていた、気候変動リスク課題への対策だけでは足りないという危機感が広く認識された結果、TNFDが設立されるに至りました。
経済や社会的な活動は、生態系資本や地下資源、非生物資源などの自然資本のストックに依存しています。
自然資本のストックが減少すれば、自然資本・生物多様性のバランスが変動し、ビジネスの持続可能性にも影響を与える可能性があるでしょう。
また、IPBES(生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書)は、地球上に生存する800万種の生物のうち100万種が、今後数十年間で絶滅の危機にあり、その要因は人的活動の影響によるものだと明確に指摘しています。
そのため、企業は経済活動における自然資本や生物多様性に対する依存性の対策、影響の低減を行うことが重要になります。
企業がTNFDに参画するメリット
企業がTNFD提言に賛同することは、自社が国内外からの社会的評価を獲得し、不確実性が高い社会において、継続的に営利活動をするうえで、重要な意味を持ちます。
生物多様性については、さまざまな分野における変革のポートフォリオが最適な組み合せになれば、2030年以降には低下から純増加に逆転できる可能性があると考えられています。
そのため、生物多様性の損失を止め、回復傾向へと向かわせる「ネイチャーポジティブ」の実現に向けた取り組みを考え行動していくことが重要です。
企業がネイチャーポジティブに賛同することによるメリットは、以下2つが考えられます。
- ESG(環境、社会、ガバナンス)に関心の高い投資家からの評価を得やすくなる
- 国内外からの社会的評価が高くなる
EGSとは、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governanve)への取り組みを考慮した投資手法のことで、世界的にも従来の財務諸表に加えてこのEGSの視点を重視する投資家が増えています。
今後、ESG投資が浸透した世界になったとき、TNFDによる自然関連情報の開示は、企業が社会的価値を得るためにも欠かせない要素となるでしょう。
TNFD開示をしている企業事例
TNFD開示をしている企業の事例を4つご紹介します。
- キリンホールディングス株式会社
- 三井住友フィナンシャルグループ
- KDDI
- 東急不動産ホールディングス
キリンホールディングス株式会社
キリンホールディングス株式会社は日本、オセアニア、アジアを中心として、「国内ビール・スピリッツ事業」「国内飲料事業」「オセアニア酒類事業」「医薬事業」などの分野で事業を行っています。
国内シェアは、清涼飲料業界、ビール業界ともに業界2位に位置している企業です。
同社は、2010年に名古屋で開催された生物多様性条約第10回締約国会議をきっかけに、生物資源のリスク調査を行い、同社の事業が特定の場所の自然資本に依存していることを認識しました。
その後、LEAPアプローチ(発見・診断・評価・準備)の試行、シナリオ分析のパイロットテスト参加などを経て、TNFDフレームワーク案とTCFDフレームワークに基づいた開示を行っています。
2021年12月に国内食品飲料・医薬品として初めて「The TNFD Forum」に参加したことや、2022年7月の環境報告書にて、TNFDβv0.1の「LEAPアプローチ」に従って、情報開示をしていることなどが世界的に評価されています。
同社は、TNFDにいち早く対応したことが株主に評価され、投資の増加に繋がることを期待しています。
三井住友ホールディングス株式会社
三井住友銀行を筆頭に、リース、証券、クレジットカードなど、幅広い事業を展開するグループの経営管理を行う持株会社です。
自社の事業と自然資本との関係性を理解するため、自然資本プロトコル3やTNFDβv0.1フレームワークなどを基に、自然資本と企業活動の接点を依存・影響の両面で整理しています。
2022年には、国連環境計画金融イニシアチブが主催するパイロットプログラムに参加し、そこで融資業務が森林や生物多様性へ与える影響を定量化し、LEAPアプローチに沿った評価・分析を実施しました。
その結果、日本を含めた東南アジア諸国における生物多様性への影響が相対的に大きいことを認識しました。
自然資本に対する、同社顧客のバリューチェーン上流における、依存・影響の度合いに関するセクター別の分析を行い、その結果をもとにヒートマップを作成しています。
それにより同社の事業におけるリスクと機会を認識し、リスク管理体制の高度化、顧客のネイチャーポジティブへの取組支援などに繋げたいと考えています。
そして、特定の自然資本に大きく依存する事業を行う顧客は、自然資本の価値が持続し続けることにより安定的に利益を得られ、それが同社の利益に繋がると想定しています。
KDDI
KDDIは、通信キャリアの売上高ランキングでは2位、情報・通信業の売上高ランキングでは4位に位置づけている企業です。
TNFD のフレームワークにおいて使用を推奨されているENCORE1、NBI2、EPI3などの指標をもとにスコアリングを実施し、依存度や影響、地理的重要性などのヒートマップを作成しました。
また、TNFDのLEAPアプローチを採用し、IUCN5のガイドラインを参考に、生態系へ与える負の影響をリスク評価しました。
携帯端末の原材料である金属を採掘するために行われる、森林伐採による土地改変や水資源への影響、基地局設置にともなう生物(主に植物)の生息地の損失が、生物の生態系へ大きな影響を与えていることがわかりました。
同社の事業が与える植物の生態系への負の影響を抑えることで、原材料の価格高騰や携帯端末の売り上げ減少などのリスクを低減することに繋がると想定しています。
また、山間部や島しょ地域での通信環境を整備するStarlinkや、データ収集等に活用できるIoT技術などを活用し、地域共創、環境課題に取り組みたいとしています。
東急不動産
東急不動産ホールディングス株式会社は、業界5位の大手デベロッパーです。
「脱炭素社会」「循環型社会」「生物多様性」という課題への取り組みに重点を置き、「環境」を起点としたビジネス機会の拡大を目指しています。
フレームワークは、「TNFDの自然関連リスクと機会管理・情報開示フレームワークベータ版v0.4」を参照し、同グループの自然資本に関わる依存、インパクト、リスクと機会を開示しています。
また、TNFDにおける4つの柱を踏まえたうえで、LEAPアプローチに沿った方法でリスクを検討しています。
自然資源に対する影響は、不動産開発や運営時の土地改変・占有、また外来種の導入などにより、主に陸地の生態系への影響が懸念されます。
一方で、建物緑化の取り組みを通して生物へ生息地を提供、在来樹木に基づく植栽を行うことで従来生物の増加にも貢献しています。
また、建物緑化により景観の改善、ストレス緩和などウェルネスへの効果、コミュニケーションの活性化やモチベーションアップなどの生産性向上、資産価値の向上などの面で、文化的サービスにも寄与しています。
これらの取り組みにより、顧客やテナントから選好される物件の増加、不動産投資の増加、都市開発への政策的支援などが期待できると想定しています。
TNFD導入の課題と展望
TNFD開示における課題は以下の3点であると考えられます。
- バリューチェーンにおける優先地域・事業の判定
- 何をどの程度開示するべきかの判断
- TNFDが求める水準での情報開示の難しさ
自社が手がける事業のバリューチェーンをすべて分析することは難しいため、TNFDでは、自社が影響を与えられる範囲内で良いとされています。情報公開を行う優先地域や事業を絞ってもよいとされています。
また現段階では、分析結果をもとにした自社の「戦略」と「リスク管理」をどこまで開示するのか、線引きが難しい状況にあります。
しかし、TNFDが求める水準での、分析や情報開示を自力で実施しているが実施できるレベルにない企業は多くはないのが現状です。企業が自社の事業を自然資本への依存のバリューチェーンで把握し、分析することが課題となっています。
TNFDは気候変動リスク以外のESG課題対応の雛型に使うこともできるため、TNFDへの対応を通じてESG課題への応用も可能となります。また、TCFD対応において日本企業が国際的にも影響力を発揮していることから、TNFDでも同様に、今後ますます日本企業の強みを国際社会にアピールしやすい環境となるでしょう。
まとめ
TNFDに沿った適切な手法でリスク分析を行うことで、企業や金融機関は自社の事業活動と自然資本や生物多様性に与えるリスクや影響を明らかにできます。
自社の経営にとってリスクが高い事業活動や地域を発見することは、事業やサービスの持続可能性を模索するうえで重要なプロセスの一つです。
今後、ESGの観点で投資を検討する投資家が増えることも想定されるため、TNFDに参画し株主や投資家からの評価を得ることができれば、投資の増加に繋げることができるでしょう。
企業価値向上や、 安定した長期投資先として投資家を引き付けるツールとして、TNFDを戦略的に活用していきましょう。
参考文献
[1]一般社団法人環境金融研究機構「国連報告書。人間活動の影響で、今後、地球上の生物種100万種が絶滅危機に。哺乳類はすでに80%以上が絶滅、人類とその家畜に置き換わっている。人間は「すべての生物の『敵』」かも(各紙)」https://rief-jp.org/ct12/8928
[2] 環境省「自然関連財務情報開示の現状」https://www.env.go.jp/content/000168513.pdf
[3] 環境省「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)に対する拠出についてhttps://www.env.go.jp/press/press_03929.html
[4] 金融庁「記述情報の 開示の 好事例集 2023」https://www.fsa.go.jp/news/r5/singi/20231227/01.pdf
[5] World Bank NATURE-BASED SOLUTIONS FOR DISASTER RISK MANAGEMENT https://documents1.worldbank.org/curated/en/253401551126252092/pdf/Booklet.pdf
[6] MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス サステナビリティ推進部 「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD) に関する動向について」https://www.mext.go.jp/content/20240924-mxt_kankyou-000038020-1.pdf
[7] TCFD TNFD nature-related risk and opportunity registers https://tnfd.global/wp-content/uploads/2023/10/TNFD_Risk-register-worksheet_v1.pdf?v=1697648759
サステナビリティの新基準、ISSBについて包括的に理解する!
リクロマの支援について
弊社はISSB(TCFD)開示、Scope1,2,3算定・削減、CDP回答、CFP算定、研修事業等を行っています。
お客様に合わせた柔軟性の高いご支援形態で、直近2年間の総合満足度は94%以上となっております。
貴社ロードマップ作成からスポット対応まで、次年度内製化へ向けたサービス設計を駆使し、幅広くご提案差し上げております。
課題に合わせた情報提供、サービス内容のご説明やお見積り依頼も随時受け付けておりますので、お気軽にご相談ください。
⇒お問合せフォーム
メールマガジン登録
担当者様が押さえるべき最新動向が分かるニュース記事や、
深く理解しておきたいトピックを解説するコラム記事を定期的にお届けします。