Last Updated on 2024年4月9日 by Yuma Yasui

2019年12月20日、オランダ最高裁判所はオランダ政府に対して、2020年の温室効果ガス削減目標の上方修正を要請する最終判決を下しました。最高裁の判決の根拠となったのが、欧州人権条約の第2条(生命に関する権利)と第8条(個人の生活や家庭生活に関する権利)です。

気候変動訴訟は過去数年で倍増しており、その内容の内訳として、グリーンウォッシング、政府の公約の不履行、そして気候変動による基本的人権の侵害をめぐる訴訟が増えています[1]。

シリーズ記事「気候変動:企業の訴訟リスクにもなる無視できない問題」では、全3回に分け、人権の考え方の基礎、世界の人権問題と気候変動の関係性、そして気候変動の責任の観点から説明します。

最終回にあたるPart3では、気候変動の責任に関する国際社会での認識、また一連の「気候変動と人権」の問題が先進国の政府や企業へもたらす影響を、気候変動訴訟のケースを紹介しながら説明します。

初回Part1では、人権の基礎である国際人権章典と人権の5つの特徴、そして気候変動が脅かす基本的人権について、前回Part2では、気候変動の影響を受ける人々、および世界の人権問題と気候変動との関係性について整理してきました。Part1はこちら、Part2はこちらからご覧ください。

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気候正義とは、気候変動の深刻化に貢献してきた国や世代が、温室効果ガス排出削減などの対策を行うことで責任を果たし、気候変動による影響を受ける人びととの不公平を正そう、という概念です。

事実、世界の富裕層と貧困層との間には、温室効果ガス排出量に大きな違いがあります。国際NGOオックスファムは、経済状況と温室効果ガス排出量の相関についての試算を発表しました。1990年から2015年の間において、世界人口の上位10%の富裕層(約6億3,000万人)は、地球上の累積の温室効果ガス排出量の半分以上を占めているのに対し、下位50%の層(約31億人)の累積排出量は7%でした[2]。世界人口の1%の富裕層が、収入レベルが下位50%、すなわち世界人口の半分の合計の排出量の2倍以上の量を排出してきた計算です。

また、別の研究もあります。気候学者のジェームス・ハンセン氏と佐藤真紀子氏による研究で、1751年から2014年の間にアメリカ、イギリス、ドイツの一人当たりの温室効果ガスの累積排出量が、世界平均の少なくとも6倍であることが明らかになりました[3]。ロシア、カナダ、オーストラリアは、世界平均の4〜5倍の排出量でした[3]。

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気候変動に対する国・企業の責任

上記の“気候正義”の概念の台頭に象徴されるように、温室効果ガス排出量と気候変動被害の程度における対照的な関係を危惧し、先進諸国や企業へ責任を追及する動きがあります。

国に責任があるとする法原則

とりわけ国際的な法規制における気候変動対策の負担は、下記のような法原則をもとにしています。

「共通だが差異のある原則」
1992年に策定された「気候変動枠組条約(UNFCCC)」において、気候変動問題に関しては各国に「共通だが差異のある責任」があるという考え方が示されました。温室効果ガスの排出は、あらゆる人間活動において必然的に伴うものであるため全ての国に共通して責任はあるものの、とはいえ排出量の程度は国によって異なるので、その分、責任の程度にも差異を設けた、という理屈です。この原則は、2014年に策定されたパリ協定にも取り入れられています[4]。

原因者負担の原則」
「原因者(汚染者)負担の原則」は、もとは環境汚染問題が台頭してきた頃に出てきた考え方で、1972年にOECDが採択した「環境政策の国際経済的側面に関する指導原則」で言及されています。気候変動問題の議論が増えるにつれ、気候変動対策の文脈でも適用されるようになりました [5]。主に、対策措置を講じるための資金の負担や、気候変動の文脈では削減目標の高さなどに反映されます。

企業の責任:「ビジネスと人権に関する指導原則」

気候変動の文脈において企業を糾弾する規制がない代わりに、2011年に国連総会にて採択された「国連ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs:United Nations Guiding Principles on Business and Human Rights。以下、UNGPs。)」[6]を根拠に、気候変動を人権問題として捉え、企業の責任が追及されることがあります。

UNGPsは2011年に国連にて採択され、国連史上初めて、企業を対象とした文書です。人権を保護する義務は国にあり、企業には人権を尊重する責任があることを明確にしました。言い換えると、人権を保護する義務は一義的には国にあるものの、企業の人権尊重の責任は、国の人権保護の義務と独立して存在していることを意味します。

ひいては、この国と企業の両者に、人権の影響を受けた人びとに対する救済へのアクセスを確保することを求めています[6]。UNGPs自体に法的拘束力はありませんが、この文書をもとに、欧州はじめ海外では法制化が進んでいます。


サプライチェーンにおける現代奴隷を防ぐ企業の取り組みの情報開示が、2015年にはイギリスで、2019年にはオーストラリアでも義務化されました。また、2014年にはEU会社法が改正され、大企業の非財務情報、具体的には環境・社会・人権・労働そして腐敗防止を含む内容についての開示が義務付けられました。

2017年にはフランスにおいてもUNGPsに関する法律が施行されました。企業のサプライチェーンにおける対策を要求するもので、不十分なだった場合の損害の賠償責任が企業に発生することにもなり得ます[7]。フランスに続いて、ドイツやスイスをはじめEUの各国において、サプライチェーンにおける人権対応の義務化の動きが活発になっています。

気候変動訴訟とは

上記のような国や企業の責任の原則を根拠に、気候変動への適応や緩和へのアクションを求め訴訟が起こされるケースが増加しています。こういった気候変動に関連した訴訟は“気候変動訴訟”と呼ばれています。訴訟件数は近年急速に増大しており、2017年は24か国で884件でしたが、2020年は38か国で1,550件以上起こされています [1]。

近年の訴訟の傾向としては、①生命、健康、食糧、水の権利を含む基本的人権の侵害の増加、②政府による気候変動の緩和と適応に関する公約の不履行、③企業による「グリーンウォッシング」あるいは情報の非開示 [1]、などが挙げられます。

今後は、気候リスクを誤って報告している企業、異常気象への適応を怠っている政府などへの訴訟が増加すると予想されています [1]。

近年の気候変動関連訴訟において、原告側が勝訴した代表的な事例を2つ紹介します。

訴訟事例①:オランダ

2013年、オランダの環境NGO Urgendaが、2020年の温室効果ガス削減目標を1990年比で20%削減から25~40%削減に引き上げるよう求め、オランダ政府を提訴しました[8]。この訴えは地方裁判所と高等裁判所で勝訴し、2019年12月20日に最高裁判所で勝訴が確定しました。最高裁はオランダ政府に対して、2020年の温室効果ガス削減目標の上方修正を要請する最終判決を下しました[8]。

最高裁は判決の根拠として、気候変動に対する早期の削減の重要性、および国際社会そして先進国の一員として分担すべき責任に言及しました。この判決の着目すべき点は、①気候変動の影響を既に現実かつ切迫した危険な人権侵害であると認め、②この人権侵害から国民を保護することは国の義務である、としたことです。

気候変動の影響を「risk」ではなく、「danger」や「hazard」という言葉で表現しており、その影響は既に「現実(real)かつ切迫した(immediate)」危険な人権侵害であると繰り返し形容されています[9]。

訴訟事例②:コロンビア

コロンビアのアマゾン地方における森林減少の深刻化について、7歳から25歳までの若者が原告となり起こしていた訴訟の件で、2018年4月5日コロンビア最高裁は、中央政府・地方政府の両者に、数ヶ月間の期限内に、利害関係者との協議をした上で行動計画を策定することを命じました[10]。

最高裁判所は、判決の前提となる解釈基準として、気候変動枠組条約(UNFCCC)、パリ協定、およびコロンビア国内憲法の環境関連の条項を挙げました。

今般の例で着目すべきは、一国の最高裁裁判所がアマゾンの森林自体を権利の享有主体であることを認めたことです。法廷において、人間以外の権利が承認されることは決して多くありません。生物多様性や自然保護への機運が高まる中、司法においても、自然自体に権利を認める動きがあるのです。

コロンビア最高裁の判決以外にも、エクアドルにて、自然の権利が言及された例があります。2008年に世界で初めて「自然の権利」を憲法に記した同国で、国内の自然保護区で予定されていた環境省認可の採掘計画が、2017年に違憲とされました[11]。

まとめ

以上、この記事では、気候変動の責任に関する国際社会での認識、また一連の「気候変動と人権」の問題をめぐって、先進国の企業のリスクとなりうる気候変動訴訟について説明しました。

第二次大戦以降、1948年の国連による「世界人権宣言」を皮切りに、人権文書は世界中で制定されてきました。その文書は概ね共通して、人権の5つの特徴(固有性・普遍性・不可侵性・不可分性・相互依存性)に言及しているとされています。

また気候変動の影響は、女性、貧困層、社会的マイノリティ、先住民族、難民、障がい者や高齢者など、“脆弱”と形容される人々の基本的人権を脅かしてきており、その傾向は今後深刻化する旨の報告が複数の機関から出されています。

国際社会において、この気候変動の責任は温室効果ガスを多く排出してきた先進国や大企業に帰するという考え方が台頭しました。責任を追及する機運は法規制となり、これを根拠に訴訟が起こされるにまで発展しているのです。

#人権

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参考文献

[1]国立研究開発法人 国立環境研究所(2021)「 国連環境計画、気候変動をめぐる訴訟が急増と報告」URL:https://tenbou.nies.go.jp/news/fnews/detail.php?i=31208
[2]Oxfam (2015) “Extreme Carbon Inequality” https://www-cdn.oxfam.org/s3fs-public/file_attachments/mb-extreme-carbon-inequality-021215-en.pdf
[3]James Hansen, Makiko Sato (2016) “Regional climate change and national responsibilities” Environmental Research Letters. 11 (3).
https://www.researchgate.net/publication/296626022_Regional_climate_change_and_national_responsibilities
[4] 経済産業省「国連気候変動枠組条約(UNFCCC)とパリ協定の関係について」https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/global2/pdf/UNFCCC.pdf
[5]環境省(2006)「中長期的な地球温暖化防止の国際制度を規律する法原則に関する研究」https://www.env.go.jp/earth/suishinhi/wise/j/pdf/J06H0007000.pdf
[6]Human Rights Council(2011)“Report of the Special Representative of the SecretaryGeneral on the issue of human rights and transnational
corporations and other business enterprises, John Ruggie”. A/HRC/17/31
[7]Baker & McKenzie(2018)「サプライチェーン等における人権侵害の防止2017 年度の各国人権侵害防止関連法の重要アップデート」https://www.bakermckenzie.co.jp/wp/wp-content/uploads/ClientAlert_180315_Supply-Chain-Human-Rights-Law_J.pdf
[8]Sabin Center for Climate Change Law(2022)“Urgenda Foundation v. State of the Netherlands” http://climatecasechart.com/climate-change-litigation/non-us-case/urgenda-foundation-v-kingdom-of-the-netherlands/
[9]The State of the Netherlands vs. Stichting Urgenda, ECLI:NL:HR:2019:2007, Hoge Raad, 19/00135 (Engels) http://climatecasechart.com/climate-change-litigation/wp-content/uploads/sites/16/non-us-case-documents/2020/20200113_2015-HAZA-C0900456689_judgment.pdf
[10]Sabin Center for Climate Change Law(2022)“Future Generations v. Ministry of the Environment and Others” http://climatecasechart.com/climate-change-litigation/non-us-case/future-generation-v-ministry-environment-others/
[11]The Guardian (2021) “Plans to mine Ecuador forest violate rights of nature, court rules” https://www.theguardian.com/environment/2021/dec/02/plan-to-mine-in-ecuador-forest-violate-rights-of-nature-court-rules-aoe

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Author

  • 西家 光一

    2021年9月入社。国際経営学修士。大学在学中より国際人権NGOにて「ビジネスと人権」や「気候変動と人権」領域の活動を経験。卒業後はインフラ系研究財団へ客員研究員として参画し、気候変動適応策に関する研究へ従事する。企業と気候変動問題の関わりに強い関心を寄せ、リクロマ株式会社へ参画。