Last Updated on 2024年5月3日 by Yuma Yasui

【Part3】気候変動と人権 国と企業の責任・気候変動訴訟について

2019年12月20日、オランダ最高裁判所はオランダ政府に対して、2020年の温室効果ガス削減目標の上方修正を要請する最終判決を下しました。最高裁の判決の根拠となったのが、欧州人権条約の第2条(生命に関する権利)と第8条(個人の生活や家庭生活に関する権利)です。

気候変動訴訟は過去数年で倍増しており、その内容の内訳として、グリーンウォッシング、政府の公約の不履行、そして気候変動による基本的人権の侵害をめぐる訴訟が増えています [1]。

初回、Part1では、人権の基礎である国際人権章典と人権の5つの特徴、そして気候変動が脅かす基本的人権について解説しました。Part2にあたる今回の記事では、気候変動の影響に対して”脆弱”であると言われる人々、および世界の人権問題と気候変動との関係性について見ていきます。
※Part3はこちらから

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気候変動と女性の権利の問題は密接に関わっています。いわゆるジェンダー(性別)に基づく役割分担は日本でも問題視されていますが、海外の一部地域では、性別による役割分担が顕著に見られます。特にアフリカのサハラ以南の国々では、家族やコミュニティのために食料や水や燃料の確保が女性の役割であることが多いです。干ばつや気象災害により水や食糧などの資源が入手困難になれば、女性は大きな影響を受けます。

国際自然保護連合(IUCN)の報告によると、気候変動によって近場の資源が入手困難になった場合、遠くのエリアまで取りにいかせるため、女性に対して家庭内暴力が振るわれるケースが問題になっています [2]。同様にIUCNは、気象災害後には、女性や女児、その中でも特に障がいを持つ人や貧困に苦しむ人は、性的暴力や性的搾取を受けるリスクが高まることも報告しています [2]。

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気候変動と貧困層の権利

気候変動は、貧困に喘ぐ人々の権利とも色濃く関係しています。貧困層の人々は、気候変動により、直接的にも間接的にも影響を受けます。

例えば貧困層の人々は、屋外作業に従事していたり、簡易的な住宅に居住していることが多いため、異常気象によるリスクにさらされる可能性が高いです。また貧困地域には、適切な医療を受けられる施設や異常気象へ適応するための十分なリソースが少ないため、災害後の復興の際にも困難に直面します。

間接的な影響としては、気候変動により食糧不足が起きると価格が高騰するため、これによって経済的に豊かでない層は生活へ支障をきたします。IPCCによると、「極端現象 (extreme events)への微妙な変化や傾向を含む気候関連の災害は、農作物の収穫量の損失、家屋の破壊、食料不足、地理の感覚の喪失など、生活への影響を通じて直接的に、また食料価格の上昇を通じて間接的に、貧困層の生活に影響を与える」ことが想定されています [3]。

気候変動と社会的マイノリティの権利

社会的マイノリティの人々の権利とも気候変動は関わっています。ここでいう社会的マイノリティとは、民族的・人種的・そしてインドのカーストにおけるマイノリティを意味します。

気候変動と化石燃料による汚染の影響は、民族や社会的階級およびカーストの違いによっても生じ、人々の間に存在する不平等をさらに悪化させると言われています。インドとネパールでは、低いカーストに属する人々は隔離された住宅に住んでいるため、人道支援や復興支援においても見落とされることが多く、日常生活を取り戻すまでにも時間がかかります。

北米では、有色人種の貧しいコミュニティに対して、大気汚染が影響をもたらします。アメリカの有色人種の人々の住む地域は、製油所や高速道路に隣接していることが多く、呼吸器系の病気やがんの発生率が著しく高くなります。実際、アフリカ系アメリカ人が大気汚染によって死亡する確率は、アメリカの全人口と比べて3倍高いです [4]。

気候変動と先住民族の権利

先住民族も気候変動の影響に敏感な存在です。現代、先住民族の人口は少なく思われがちですが、世界には現在5,000以上の先住民族が存在し、人口は3億7000万人、5大陸にわたり90以上の国々に住んでいると言われています。

先住民族は、先進国による植民地化や資源採掘などにより権利を侵害され虐げられてきた歴史があります。長年の差別的な政策や慣行のため貧困に陥る民族は多く、世界の農村部におけるいわゆる極度の貧困層(1日あたり1.90ドル未満、70キロカロリーの生活を強いられる層)の人口の約33%が先住民族のコミュニティに属しています [5]。

先住民族の権利と環境をめぐる議論で問題になるのは、森林開拓や資源採掘などによる先住民族の権利の侵害です。例えばアマゾンのとある地区では、一部の畜牛業者が、先住民族保護のために区画された地域に不当に侵入し、森林を焼き払い開拓しています。すなわち、森林破壊を通して環境破壊と気候変動の悪化に貢献しているだけでなく、その違法な取り組みの過程で、先住民族の権利を侵害しているということです。

とりわけ先住民族は、乾燥地帯、山岳地帯、熱帯林など、気候の変化に敏感な生態系の中で生活していることが多く、気候変動による環境変化の影響を受けやすいです。

気候変動と難民問題

気候変動は、難民問題とも密接に関わっています。世界で人の移動が起こる時、それは、強制的また突発的な「強制移動」か、自主的な「移住」か、自主的で計画的で集団的な「計画移住」かの三つに分類されます [6]。ここで言う難民とは、強制的な移住を強いられる人びとのことを指します。

気候変動と難民問題が絡む2つのパターン

この難民問題と気候変動問題が絡むパターンは2つあります。一つ目は、①紛争・迫害・貧困から逃れる過程、また逃れた先で気候変動の影響を受けるパターンと、二つ目は②気候変動の影響によって難民となるパターンです。

①に関しては、ロヒンギャ難民のケースが代表的です。迫害から逃れたロヒンギャ難民は約87万人おり、コックスバザールという国境地区に受け入れられていますが、サイクロンや洪水の被害を頻繁に経験しています。難民や移民の人々はその社会的な身分から、重要な情報や災害支援などにスムーズにアクセスすることができなかったり、また正規の身分証明や亡命申請のために必要な書類を紛失してしまったり、サイクロンなどの異常気象の直後には、特有の問題に直面します。

②に関しては、気候変動によってもたらされる被害の速度に基づいて、さらに細分化することができます。一つ目が、⑴気候変動により”ゆっくり起る現象”によって難民になるパターン、二つ目が⑵気候変動の”突発的に起る現象”によって難民になるパターンです。

⑴のゆっくり起こる現象とは、数年単位で頻度や激しさを増しつつ、徐々に影響をもたらす現象のことです。海面上昇、気温上昇、生物多様性の損失などを指します。二つ目の突発的に起こる現象とは、数時間〜数日単位で、単発で個別に起る現象のことで、サイクロン、高潮、洪水、干ばつ、熱波などが挙げられます。

⑵突発的に起こる現象によって難民となる人々については、これまでに非常に多くのケースが観測されています。IDMCという機関の報告書によると、2020年度に自然災害の影響で移住を強いられた人々は3000万人に及びます [7]。過去10年間では、平均して毎年約2150万人の人々が気象災害に起因し避難を強いられていて、これは紛争や暴力行為に起因する避難民の2倍以上の数字です [7]。

”気候難民”は難民条約上の難民の定義には該当しない

気候変動と難民の議論において問題なのは、気候変動によって強制移住を強いられる人々は難民条約上の”難民”の定義に含まれておらず、すなわち、条約で保障されている庇護の対象に該当しないことです。

1951年の難民条約によると、難民とは「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者」[8]とされています。したがって、干ばつや洪水などによって故郷を離れた人びとは、国外に逃れたとしても難民条約上の難民の定義には該当しません。

先の難民条約には、難民擁護を目的とした下記のような条項がありますが、いわゆる”気候難民”の人々は、これらの条項の適用対象になりません。

①「難民を彼らの生命や自由が脅威にさらされるおそれのある国へ強制的に追放したり、帰還させてはいけない(難民条約第33条、「ノン・ルフールマン原則」)」[8]

②「庇護申請国へ不法入国しまた不法にいることを理由として、難民を罰してはいけない(難民条約第31条)」[8]

補足:気候変動は紛争の要因にもなっている?

気候変動は紛争とも関連しているという指摘がされています。気候変動による気温や降雨量の変化、また干ばつが原因となって、生産が乏しくなった資源をめぐって対立が起こり、紛争が勃発すると言う理屈です。

スーダン西部のダルフールで2003年に勃発した紛争が要因の一つとして、気候変動の影響があったという報告が出されました。当時の国連事務総長であった潘基文(バン・ギムン)は、 2007年6月のワシントンポストへの寄稿において、「様々な社会的・政治的原因がある中で、ダルフール紛争は、部分的には気候変動に起因する環境危機として始まった」と述べました [9]。

続けて潘事務総長は「スーダンの平均降水量は1980 年代初期に比べて40%減少している。ダルフール紛争が干ばつの期間中に発生したことは偶然ではない。それまでは友好的にくらしていたアラブの遊牧民と定住農民の間に井戸の共有やラクダの放牧をめぐる衝突が起きたことがきっかけとなって紛争が発生し、悲劇に発展したのだ」と述べています [9]。

2011年から今でも続いているシリア内戦のケースでも、同様のことが言えます。シリアでは、2006年後半から3年にわたって干ばつが続き、観測史上最悪と言われる干ばつ被害をもたらしました。研究では、シリア国内における水の安全保障や農業問題はすでに窮状に陥っていたものの、干ばつがその状況をさらに悪化させ、農村地区に住む約150万人の住民を都市に近い地域への移住に追い込んだということです。ひいては、この住民の移動が人口構成を大きく変化させ、その変化が都市やその周辺地域を不安定にさせたことで、紛争につながった、と指摘されています [10]。

障がい者、高齢者、将来世代の権利

上記の例以外にも、障がい者、高齢者、将来世代なども、気候変動の影響を受ける存在です。障がい者や高齢者の人びとは、熱中症などの異常気象での死亡率も高く、また災害時に困難なく避難をすることが難しいため、気象災害の際は特に深刻な被害を受けやすいとされています。2021年7月に発生したドイツでの豪雨による洪水では、高齢者施設が流され、高齢者の方々が犠牲になりました。

また、コロンビアにおける気候変動訴訟にて、最高裁は、まだ生まれていない世代、いわゆる将来世代も、我々のような現代世代と同じ環境的条件を享受する権利があるとの見解を示しました [11]。今後の悪化が予測される気候変動においては、将来の世代の権利というのも問題の一つになっています。

まとめ

今回の記事では、気候変動の影響を受ける人々、および世界の人権問題と気候変動との関係性について整理してきました。気候変動は、女性、貧困層、社会的マイノリティ、先住民族、難民、および障がい者や高齢者の権利を脅かします。さらに、将来世代の権利についても司法が言及するまでに至っています。

最終回にあたるPart3では、気候変動の責任に関する国際社会での認識、また一連の「気候変動と人権」の問題が先進国の政府や企業へもたらす影響を、気候変動訴訟のケースを紹介しながら説明します。

#人権

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参考文献

[1] 国立研究開発法人 国立環境研究所(2021)「 国連環境計画、気候変動をめぐる訴訟が急増と報告」URL:https://tenbou.nies.go.jp/news/fnews/detail.php?i=31208

[2] IUCN (2020) “Gender-based violence and environment linkages” https://portals.iucn.org/library/sites/library/files/documents/2020-002-En.pdf

[3] IPCC (2014) Fifth Assessment Report: WGII

[4] Qian Di, M.S., Yan Wang, M.S., Antonella Zanobetti, Ph.D., Yun Wang, Ph.D., Petros Koutrakis, Ph.D., Christine Choirat, Ph.D., Francesca Dominici, Ph.D., and Joel D. Schwartz, Ph.D. (2017) “Air pollution and mortality in the Medicare population” New England Journal of Medicine. http://nejm.org/doi/full/10.1056/nejmoa1702747

[5] United Nations (2017) “Report of the Special Rapporteur on the rights of indigenous peoples on her visit to Australia” UN Doc. A/HRC/36/46.

[6] 川坂京子(2018)「気候変動が生み出す新たな人の移動」https://www.foejapan.org/climate/lad/pdf/02_kawa.pdf

[7] IDMC (2021) “GRID2021: Internal displacement in a changing climate”

[8] UNHCR「難民条約について」https://www.unhcr.org/jp/refugee-treaty

[9] AFPBB(2007)「​​国連事務総長『ダルフール紛争は気候変動が原因』」https://www.afpbb.com/articles/-/2240814

[10] Colin P. Kelley, Shahrzad Mohtadi, Mark A. Cane, Richard Seager, and Yochanan Kushnir (2015) “Climate change in the Fertile Crescent and implications of the recent Syrian drought” Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America. https://doi.org/10.1073/pnas.1421533112

[11] 日本弁護士連合会「司法は気候変動の被害を救えるか~科学からの警告と司法の責任~報告書」https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/activity/human/enviroment/kikouhendou.pdf

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Author

  • 西家 光一

    2021年9月入社。国際経営学修士。大学在学中より国際人権NGOにて「ビジネスと人権」や「気候変動と人権」領域の活動を経験。卒業後はインフラ系研究財団へ客員研究員として参画し、気候変動適応策に関する研究へ従事する。企業と気候変動問題の関わりに強い関心を寄せ、リクロマ株式会社へ参画。