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CDP新領域:プラスチックと生物多様性が問われる背景と対策
CDPの2025年度開示において、スコアリング(評価)の対象は依然として「気候変動」「水セキュリティ」「フォレスト」の3テーマに限られています。「プラスチック」と「生物多様性」はスコア対象外ですが、これを「優先度が低い」と判断するべきではありません。
国際社会では今、脱炭素と並行して、「脱プラスチック」や「ネイチャーポジティブ」への取り組みが急速な広がりを見せており、CDPもこうした流れを踏まえて設問の拡充を続けています。
すでに気候変動や水資源の開示を進めている企業にとって、プラスチックと生物多様性は、ESG経営を深化させるために次に向き合うべき領域となり得ます。本稿では、、CDPの設問書が示す方向性を手がかりに、企業が今後プラスチックと生物多様性にどのように備えていくべきか、そのポイントを整理します。
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プラスチック:サプライチェーン全体の「流れ」を把握する段階へ
プラスチック開示が求められる背景
1.プラスチックがもたらす環境や人体への被害
プラスチックを取り巻く課題には以下のようなものがあります。これらは環境負荷にとどまらず、社会・経済の持続性を揺るがす規模に拡大しています。
- 化学物質のリスク: プラスチックには16,000種類以上の化学物質が使用され、そのうち少なくとも4,200種類は人体や環境に深刻な影響を与える懸念がある。
- 健康被害: マイクロプラスチックによる人体への潜在的リスクが顕在化。
- 気候変動への影響: 使い捨てプラスチック由来の年間CO₂排出量は4.5億トンに達する。
- 循環性の欠如: 世界のリサイクル率は依然として10%未満に留まる。
2.プラスチックを巡る国際的動向
世界各国の政策は「使って捨てる(linear)」モデルから、「使う・回収する・再利用する(circular)」というサーキュラーエコノミーへの全面的な転換を志向し始めています。
【主な国際規制・枠組み】
●欧州連合(EU)の先行:
・SUP指令 (Single-Use Plastics Directive): 使い捨てストロー・カトラリー等の禁止、再生プラスチック使用義務など。
・PPWR (Packaging and Packaging Waste Regulation): 包装材に対する「再利用可能」「リサイクル可能」要件の義務化。
●世界的潮流: レジ袋の禁止・有料化など、100カ国以上が何らかの規制を導入済み。
●国際プラスチック条約 (UNEP主導): 法的拘束力を持つ国際枠組みとして交渉中。合意されれば気候変動における「パリ協定」に匹敵する国際ルールとなる可能性がある。
企業に求められる対応
規制強化と国際的な環境変化に伴い、企業には以下の対応が求められます。
- 対応領域の拡大: 製品設計、素材選定、包装形態、廃棄物管理を含むサプライチェーン全体での対応が必要。
- 経営リスク: 特に国際取引を行う企業において、各国の規制適合は事業継続上の重要課題となる。
- アクション: 早期に自社のプラスチック使用実態(リスクと機会)を把握する必要がある。CDPプラスチック設問書は現状把握と情報整理の「最初のステップ」として機能する。
CDPプラスチック設問書の特徴
CDPのプラスチック設問書は、原料から廃棄までのライフサイクル全体を対象に、サプライチェーン内でプラスチックがどのように流れているかを明らかにする設計となっています。製造・流通・サービス・廃棄物管理など、さまざまな事業活動におけるプラスチックの使用状況を整理し、以下のような点を明確にすることが目的です。
・プラスチック使用がもたらす商業的・法的・評判リスクの把握
・再利用・リサイクル・代替素材など、循環性の観点から見た改善余地の特定
・バリューチェーン全体のトレーサビリティ向上
特に、CDPは技術的にリサイクル可能であるかという観点だけではなく、実際に市場規模でリサイクルが行われているかどうか、つまり「実効性」をともなう循環性を重視しています。これは、企業が発信する内容と実態とのギャップを解消するための重要な視点といえます。
プラスチック質問書と国際フレームワークとの整合性
プラスチック設問書は、エレン・マッカーサー財団(EMF)のグローバルコミットメントやGRI 306(廃棄物)、WWF ReSource Tracker、さらにTNFDなど、主要な国際基準と整合する形で設計されています。このため、CDPで整理したデータは国際比較にも活用でき、投資家・顧客との対話においても効果的に利用することができます。
世界ではすでに2024年に5,600社(うち日本企業は1,500社以上)を超える企業がプラスチック設問に回答しており、2023年回答企業の約2倍でした。今後、実務的な意義は確実に高まっていくでしょう。
生物多様性:自然資本を経営判断へ取り込む時代へ
生物多様性が企業課題となる理由
生物多様性は、遺伝・種・生態系の三つのレベルで成り立つ、自然の基盤そのものです。現在の地球の生物多様性や自然環境は加速的に失われつつあり、WWFの報告によれば、脊椎動物の個体数は過去50年で約7割減少し、「第6の大量絶滅期」とも呼ばれる危機状況にあります。
一方、世界経済フォーラムは、世界のGDPの半分以上が生物多様性と生態系サービスに依存していると指摘しています。企業のサプライチェーンや事業活動は、森林破壊、汚染、資源の過剰利用などを通じてこうした危機を加速させる可能性があり、その一方で自然資本の劣化は事業継続に新たなリスクを生みます。こうしたリスクが企業のレジリエンスや長期的な競争力に影響を及ぼす可能性が広く認識され始め、自然資本管理の重要性がこれまで以上に注目されるようになってきました。
近年、生物多様性は気候変動と並ぶグローバルアジェンダとして位置づけられ、国際的な政策の枠組みが急速に整備されています。
- 昆明・モントリオール生物多様性枠組(2022年採択) 2030年までに自然の損失を止める(ネイチャーポジティブ)、2050年に自然と共生する社会を実現するという世界共通目標を掲げています。
- TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース/2023年公表) 企業が自然資本や生物多様性に関連する「リスクと機会」を評価し、それを財務情報として開示するための国際的な枠組みです。
このように、企業の財務判断にも自然関連リスクを統合する流れが加速しています。
CDP生物多様性モジュールの視点
CDPのモジュール11では、企業が生態系にどのような影響を与えているのか、またどのようにリスクと機会を管理しているのかを把握することを目的としています。たとえば、以下のような点が問われます。
- 自社やバリューチェーンにおける生物多様性リスクの所在
- 生物多様性に関連するコミットメントの有無
- 生息地、種、土地劣化、汚染などに関するモニタリング指標
- 生物多様性重要地域(保護区、湿地など)との関わり
- 生物多様性行動計画(BAP)の策定と管理状況
- 企業戦略における生物多様性課題の統合
- 生物多様性への影響を低減もしくは避けるための目標の有無
- NGOや地域社会との連携状況
これら質問への回答は、企業の自然関連リスクを把握するための入口であり、今後のTNFD報告やESG情報開示へ向けた基盤づくりにもつながります。
企業に求められる生物多様性アクション
企業が生物多様性に向き合ううえでは、まず自社の事業が自然環境にどのような依存関係をもち、どのような影響を与えているのかを把握することが出発点となります。IUCNなどの専門機関も、こうした基礎的な評価を行ったうえで、科学的根拠に基づいた目標を設定し、その達成状況を継続的にモニタリングしていくことが、生物多様性の損失を抑え、自然の回復に貢献するためには不可欠だと指摘しています。これは、単なる環境配慮にとどまらず、「ネイチャーポジティブ」への移行を前提とした経営戦略を構築することを意味します。
影響・依存関係を整理するには、国際機関が提供する評価ツールを活用することで、取り組みをより具体的かつ効率的に進めることができます。例えば、WWF の Biodiversity Risk Filter(BRF) は、初期アセスメントとして有用なツールとして広まりつつあります。BRFは、世界各地の生態系データや土地利用、汚染などの情報を統合し、事業拠点やサプライチェーンがどの程度の自然関連リスクを抱えているのかを地図上で可視化できる仕組みです。
CDPやTNFDが重視する「影響・依存の把握」には、まずリスクの高い地域や事業活動を特定することが欠かせません。ツール等を有効活用し、どこにリスクが潜んでいるのか、何が主要な要因となりうるのかを早期に把握し、生物多様性への対応を戦略的に進めるための手がかりとするとよいでしょう。
おわりに:グローバルな流れを見越した戦略的な第一歩
プラスチックと生物多様性は、2025年時点ではCDPスコアリング対象ではありません。しかし、EUが2040年までのプラスチック汚染ゼロを掲げ、世界各国が生物多様性保全の強化に舵を切るなか、これら二つのテーマが国際的な企業評価に組み込まれていくのは時間の問題と言えます。
すでにCDPの気候変動や水の設問に取り組まれてきた企業にとっては、プラスチックと生物多様性の設問は、次の成熟段階へ進むための良い機会となるはずです。今のうちに体制やデータを整理し、将来の規制強化や投資家要求に備えておくことが、長期的な競争力の確保につながります。
今後の変化を見据え、プラスチックと生物多様性への対応を、自社の次の一歩として検討してみてはいかがでしょうか。
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参考文献
[1] CDP (2023) 「Technical Note on Plastics Disclosure」 https://cdn.cdp.net/cdp-production/cms/guidance_docs/pdfs/000/004/194/original/CDP-technical-note-plastic-disclosure.pdf?1676643991
[2] CDP (2025) 「CDP 2025 Full Corporate Questionnaire Modules 8-13」 https://assets.ctfassets.net/v7uy4j80khf8/3od5x6nkcnaOx9psMV2YBu/c64b1a8a8d5c5f86c9ff630d7f28bd35/Full_Corporate_Questionnaire_Modules_8-13.pdf
[3] CDP (n.d.) 「プラスチック(ウェブサイト)」 https://www.cdp.net/ja/disclose/question-bank/plastics
[4] European Commission (2025) 「EU seeks ambitious global agreement to tackle plastic pollution」 https://environment.ec.europa.eu/news/eu-seeks-ambitious-agreement-tackle-plastic-pollution-2025-08-05_en
[5] IUCN (2021) 「Guidelines for planning and monitoring corporate biodiversity performance」 https://portals.iucn.org/library/sites/library/files/documents/2021-009-En.pdf
[6] Nielsen, T. D., Holmberg, K., Stripple, J. (2019) 「Need a bag? A review of public policies on plastic carrier bags – Where, how and to what effect?」 Waste Management, Volume 87 https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0956053X19300960
[7] WWF (n.d.) 「Biodiversity Risk Filter」 https://riskfilter.org/biodiversity/
[8] 環境省 (n.d.) 「昆明・モントリオール生物多様性枠組 ─ ネイチャーポジティブの未来に向けた2030年世界目標」 https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/files/kmgbf_pamph_jp.pdf
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