Last Updated on 2025年12月2日 by Moe Yamazaki

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SBTi(Science Based Targets initiative)によると、2025年10月時点でSBT認定の取得・約束をした日本企業は2,000社を超え、東証プライム上場企業の約2割が参画するなど、SBTは温室効果ガス削減目標のグローバルスタンダードとして定着しました[1]。

この急増の背景には、主に以下の3つの要因が挙げられます。
顧客企業からの強い要請
・ESG評価機関での高評価獲得
・海外機関投資家からの要求への対応

特に2025年の相談傾向として最も顕著なのが、「顧客企業からの強い要請」です。大手企業が自社のScope3削減を本格化させたことに伴い、サプライヤーである日本企業に対してSBT水準の目標設定を求める動きが加速しています。

本記事では、SBTiが2025年に実施した大規模なアップデートと、その実務への影響を解説します。主なトピックは以下の通りです。

SBTポータル申請の開始: 審査プロセスの刷新と実務上の注意点
企業版ネットゼロ基準 V2.0: 11月公表ドラフトに基づく厳格化された新要件
その他の重要変更: サプライヤーエンゲージメント、価格改定、FLAGガイダンスの緩和

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2025年 SBTiの主要アップデート一覧

SBTiは2025年に運用体制や基準に関して大規模なアップデートを実施しました。主な変更点は以下の通りです。

  • 2025年6月: SBTポータルでの申請開始(審査体制の変更)
  • 2025年7月: サプライヤーエンゲージメントガイダンスの発行
  • 2025年9月: SBTi Corporate Near-Term Criteria V5.3の公表
  • 2025年9月(公表)/ 2026年1月(適用): 審査費用の価格改定
  • 2025年10月: FLAG(森林・土地・農業)ガイダンスの改定
  • 2025年3月・11月: 企業版ネットゼロ基準 V2.0の策定進行(ドラフト公表)

今回は各アップデートに関して概要をお伝えしつつ、特に重要な変更である企業版ネットゼロ基準 V2.0の策定進行(2025年3月及び11月)に関して2025年11月に公表されたものの詳細をお伝えいたします。

SBTポータルでの申請の開始(2025年6月)

審査体制と手法の変更

2025年6月より、SBTiは基準策定に専念し、審査業務は別組織である「SBT Services」へと移管されました。これに伴い、審査プロセスが以下のように抜本的に変更されています。

  • 申請形式: Excelファイルの提出 → 専用ポータルへの直接入力
  • 質疑応答: メールでの反復的なやり取り → 審査官とのオンライン質疑(1回)

質疑応答のプロセス化によりメールの煩雑さが解消され、審査はスムーズに進行しています(2025年11月時点)。

  • 申請から審査開始まで: 約1ヶ月
  • 審査期間: 約1ヶ月程度

ポータル入力における実務上の課題(準備工数の増加)

審査自体はスムーズになった反面、ポータルでの入力項目が詳細化したため、申請準備にかかる工数は増加傾向にあります。特に以下の3点は、多くの企業が対応に苦慮するポイントです。

① 基準年以降の組織構造の変化

単なる変更の有無だけでなく、詳細なデータの入力が求められます。

・買収・統合・売却した具体的な企業名
・事象の発生日
・GHG算定上の影響(数値的インパクト)

② FLAG(森林・土地・農業)セクター以外の企業への指摘

FLAG目標の算定有無にかかわらず、FLAG関連排出の可能性について厳格な確認が行われます。

注意点: 紙、綿花、食料由来原材料の使用や土地転換がある場合、「FLAG排出なし」と回答しても、SBT Servicesから該当する子会社や排出源を指摘されるケースがあります。

③ カテゴリ15(投資)および関連会社のバウンダリー設定

バウンダリーの整合性: 日本企業の多くが採用する「経営支配力基準」では、支配下にある子会社の排出なども含む必要があります。これを適切に算定していない(カテゴリ15を算定していない)場合、GHGプロトコル違反と見なされるリスクがあります。

詳細な内訳の提出: ポータル上では、持分比率50%未満のすべての事業体を含めた企業構造の内訳提出が求められます。連結子会社が多い企業の場合、この情報の整理と把握に膨大な時間を要するため、早めの着手が不可欠です。

サプライヤーエンゲージメントガイダンスの発行(2025年7月)

SBTiは2025年7月、サプライヤーエンゲージメントに関する新ガイダンスを公表しました。Scope3削減における「サプライヤーへの働きかけ」について、目標設定の条件や具体的な実施方法が体系化されています。

エンゲージメント目標の設定が推奨される条件

・Scope3算定が支出ベース(金額ベース)の計算となっている場合
・サプライチェーンが複雑で、製品固有の排出削減コストが高い場合
・仕入れが少なく、サービスの購入が大半を占めている場合
・物理的な排出削減自体が困難な場合

これらの条件は多くの日本企業に当てはまると考えられます。そのため、多くの企業でエンゲージメント目標の設定が必要となりますが、その達成要件は非常にハードルの高いものとなっています。

サプライヤーに求められる要件(目標の難易度)

エンゲージメント目標において、対象となるサプライヤーには以下の対応を求める必要があります。

目標水準
・SBTi基準に準拠したScope1, 2削減目標の設定が必須。
※サプライヤー自身のScope3が総排出量(Scope1+2+3)の40%を超える場合は、Scope3目標も必須。

認定の有無
・SBTiの認定取得は必須ではないが、現行クライテリアに則っている必要がある。

報告・期限
・捗状況を年次ベースで公開すること。
・目標提出日から5年以内に目標設定を完了させること。

実務上の課題とサポートの必要性

このようにサプライヤー側の負担が非常に大きいため、現状ではサプライヤー自体も大手企業である特定の業種(自動車・電子機器など)を中心に目標設定が進んでいる印象を受けます。

中小規模のサプライヤーに対して同等の対応を求めることは容易ではないため、設定企業側には、単なる要請にとどまらず、サプライヤーとの密な連携や算定支援(Scope1,2,3の計算サポート等)といった具体的なサポートを実施することが強く求められています。

出典:参考文献[2]

SBTi Corporate Near-Term CriteriaのV5.3の公表(2025年9月)

2025年9月、SBTiは短期目標(Near-Term)の基準書を「Version 5.3」へ改定しました。

後述する「企業版ネットゼロ基準 V2.0」のインパクトが大きいため見過ごされがちですが、V2.0が正式導入されるまでの期間は、このV5.3が現行の申請基準となります。直近で申請を予定している企業にとっては、必ず参照すべき基準です。

V5.2からV5.3への主な変更点

最大の変更点は、目標設定年に関する記述の明確化です。

2030年を推奨目標年として明記
これまでも実質的な推奨とされていましたが、基準書内で明確に規定されました。
目的: 将来適用される「企業版ネットゼロ基準 V2.0」の要件と整合性を図り、スムーズな移行を促すためです。

補足:ネットゼロ目標基準の改定

短期目標と併せて、ネットゼロ目標基準についても2025年9月から「V1.3」が適用されています。ただし、こちらに関しては過去のクライテリアからの大きな変更はなく、マイナーアップデートにとどまっています。

SBTi CORPORATE NEAR-TERM CRITERIA, Version 5.3, September 2025をもとに弊社作成

価格改定(2025年10月)

SBTiは過去にも価格改定を行っていますが、2025年10月に新たな改定を公表し、2026年1月5日以降の申請から新しい価格が適用されます。

1. ティア(Tier)構造

企業ティア(コーポレート)年間売上高の基準日本円換算(1ユーロ=177円で概算)
ティア12億5,000万ユーロ未満約443億円(44,300百万円)
ティア22億5,000万〜10億ユーロ約443~1,770億円(44,300~177,000百万円)
ティア310億〜100億ユーロ約1,770~1兆7,700億円(177,000~1,770,000百万円)
ティア4100億ユーロ以上約1兆7,700億円(1,770,000百万円)以上
Table1:TARGET VALIDATION SERVICE OFFERINGS, Version 6.1, October 2025より弊社作成1

金融機関(FI)については、€1B~€30B の範囲で別のティアが設定されており、SME(中小企業)は€5M を基準に2区分(Tier 1・2)に分類されます。

価格表

企業向けサービスティア1ティア2ティア3ティア4割引レベル1割引レベル2
ニアターム$13,000$16,000$21,000$26,000$2,000$8,000
ネットゼロ($11,000$12,000$15,000$18,000$1,750$6,000
ニアターム+ネットゼロ パッケージ$17,000$20,000$27,000$34,000$2,500$10,000
ニアターム/ネットゼロ 更新(いずれか/両方)$5,500$6,000$8,500$10,000$1,000$3,000
ニアターム更新+ネットゼロ新規 パッケージ$15,000$16,000$21,000$25,000$2,250$8,000
FLAGおよび/または建物(追加)$9,000$10,000$13,000$16,000$1,250$5,000
FLAGおよび/または建物 更新$4,500$5,000$6,500$8,000$750$2,500
Table2:TARGET VALIDATION SERVICE OFFERINGS, Version 6.1, October 2025より弊社作成

FLAG(森林・土地・農業)ガイダンスのコンサルテーションと改定(2025年10月)

従来、森林・土地・農業などのFLAGセクターに該当する企業は、SBTを取得する際に、通常のScope1,2,3の排出削減に加え、FLAGの温室効果ガス削減目標と2025年末までの森林破壊防止の達成が求められていました。しかし、2025年10月時点ですでに2025年末の達成が困難であることや、新たにFLAGセクターでSBTを申請する企業が躊躇することを背景に、変更が加えられることになりました。

主な変更としては下記が挙げられています。

  • 森林破壊防止達成期限: 2025年12月31日から、目標申請日から2年以内(最も遅くて2030年まで)に達成するよう変更
  • カットオフ日(この日以降の森林破壊を違反と見なす基準日):FLAGコミットメントの提出日よりも前で、2020年以前が推奨される
  • 対象コモディティ: 任意から、EUDR対象7品目(5%以上)が必須に変更

企業版ネットゼロ基準 V2.0の策定進行(2025年3月及び11月)

2025年の大きな転換点として、企業版ネットゼロ基準V2.0のドラフトが3月に公表され、コンサルテーションを経た改訂版ドラフトが11月に公開されたことが挙げられます。

従来のSBTは「取得することに意味がある」というニュアンスが強かったものの、企業版ネットゼロ基準V2.0のドラフト公開を機に、温室効果ガスの削減に本格的に舵を切るというSBTiの強い意思を感じる内容となっています。

実際に、2025年4月にSBTiのCEOに就任したDavid Kennedy氏は、8月に公開したブログで「削減に集中する」という方針を明確に示しています[5]。

実際に企業版ネットゼロ基準 V2.0の内容を確認すると、その敷居はさらに高くなったと感じられます。

まとめ

2025年のSBTiの動向は、審査プロセスの刷新(ポータル化)と基準の高度化(ネットゼロV2.0)という2つの側面から、企業に対してより高いレベルでの対応を迫るものとなりました。

これからのSBTはより具体的な削減計画(移行計画)と実績が厳しく問われるフェーズに突入します。

ポータル申請によるデータの詳細化や、ネットゼロ基準V2.0の厳格化を見据え、企業は単なる算定にとどまらず、経営戦略と一体となった脱炭素体制の構築を急ぐ必要があります。

リクロマではSBT取得支援サービスや、最新情報についてのセミナーを随時行っています。ご興味のある方はぜひご相談ください。

#SBT

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【このホワイトペーパーに含まれる内容
・SBTの概要と主な基準について説明
・短期目標とネットゼロ目標についてそれぞれ解説
・申請プロセスをステップごとに詳細に解説

参考文献

[1]WWFジャパン,「日本企業のSBT取得・コミットが2,000社超え、5年で20倍に ~プライム上場企業の18%がSBT認定・コミット。2040年以前に ネットゼロに達成することでSBT認定を受けた日本企業は13社に~
[2]Science Based Targets initiative (SBTi), 「Engaging Supply Chains on the Decarbonization Journey: A Guide to Developing and Achieving Scope 3 Supplier Engagement Targets, Version 1.1」 (July 2025)
[3]Science Based Targets initiative (SBTi), 「SBTi Corporate Near-Term Criteria, Version 5.3」(September 2025)
[4]Science Based Targets initiative (SBTi), 「Target Validation Service Offerings, Version 6.1」 (October 2025)
[5]Science Based Targets initiative (SBTi), 「Powering the shift from corporate ambition to action: Refreshing the SBTi’s Theory of Change and strategy into 2030」 (August 2025),

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  1. ↩︎

Author

  • 大学では気候変動の経済学を専攻し、リクロマ株式会社には創業初期よりコンサルタントとして参画。
    情報開示支援を中心に温室効果ガスの排出の算定や高度なシナリオ分析の業務を担う。

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