Last Updated on 2024年4月12日 by Yuma Yasui

気候変動対策の重要性が日々高まる中で、SBT認定の対応を進めている企業の担当者様も多いことと存じます。SBTの申請プロセスにおいて、複数の参照資料や英語での申請に困ってしまう担当者様もいるのではないでしょうか。

本記事では、SBTの基本概要・SBTの種類・SBT申請手順をわかりやすく解説します。(2024年3月時点の情報です。

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SBTとは

SBTの概要

SBTとは「Science Based Targets」(科学と整合した削減目標)の略称で、SBTイニシアチブ(以下SBTi)が作成しています。この削減目標は、世界の平均気温の上昇を産業革命前の水準よりも1.5度未満に抑えることを目指しています。これらの数値は科学的な知見と整合しており、パリ協定において設定され、その後のCOP26においても合意されました。

2014年9月に4つの国際団体(CDP、WRI、WWF、UNGC)が運営主体となりSBTiを設立しました。このSBTiが企業に対して削減目標の設定を求めていて、企業が設定した目標が基準に整合しているかを検証しています。

SBTの種類

SBTには、短期目標とネットゼロ目標の基準が存在します。短期目標は申請時から5~10年後を目標年とした削減目標を指します。一方でネットゼロ目標は、短期目標に加えて2050年までに自社サプライチェーン排出量をネットゼロにする長期的な目標も併せて設定する必要があります。

ネットゼロ目標は、企業ごとにネットゼロ基準が曖昧であるために後発的に開発され、2021年に基準が公開されました。認定において、ネットゼロ目標の設定は必須事項ではありません。

上記に加えて、中小企業向けのSBTが存在します。また、産業分野別の目標も存在します。特定の産業分野に焦点を当てた目標で、産業分野の特性を踏まえた削減目標となっています。産業分野の種類や基準については本記事の4番で説明します。

自社がネットゼロ目標を取得するのか、また中小企業向けや産業別のSBTに該当するかを把握し、適切な基準を使用することが大切です。

SBT取得企業の動向

日本におけるSBT取得企業は、2018年度以降増加傾向にあります。世界全体をみても日本ではSBTの取得企業は比較的多いです。

下記の表における「コミット」とは、2年以内にSBTを設定しますという“宣言”を事務局にしただけの状態であり、実際には目標値は設定していない状態を指します。この表に記載されている時期以降(2023年度以降)も毎週のようにコミットした企業がSBTi公式ホームページに掲載されていることから、今後もこの増加傾向は続くことが予想されます。

環境省[1]をもとに弊社作成(2023年2月1日現在)

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SBT認証を取得するメリット

SBTを取得するメリットとして、投資家と顧客双方に対する自社の魅力向上に繋がることが挙げられます。また、社内においてもメリットが期待できます。

投資家への魅力

SBTは気候変動に対する先進的な取り組みを行っていることを示します。SBTiがコミットした企業の役員に行った調査によれば、52%が投資家の信頼性向上につながったと回答しました。

また、SBTの取得はCDPやWBCSD削減貢献量等の投資家が注視するイニシアチブでの評価向上にもつながります。

具体的な例としては、下記の通りです。

  • CDPにおいては、「リーダーシップ」、「マネジメント」、「認識」、「情報開示」での得点向上につながります。
  • WBCSDの削減貢献量ガイダンスにおいては、SBTを取得することで、削減貢献量主張の前提となる「自社の適格性」要件を充足します。

顧客への魅力

SBTの取得は顧客にとっても大きな魅力となります。エシカル消費やSDGsの概念が注目される中で、持続可能性に対するブランドの評判が重要になっています。

また、SBTのScope3削減目標を設定している企業の中には「サプライヤーの一定割合にSBT目標を設定させる」ことを自社目標に含めている企業もあります。SBT目標の設定はこのような需要に応えることになります。

※「サプライヤーにSBT目標を設定させる」ことを目標に含めている企業例[2]
大和ハウス工業、第一三共、ナブテスコ、大日本印刷、イオン、武田薬品工業、国際航業、ロッテ、ソニーグループ等。

社内におけるメリット

今後各国政府がさらにパリ協定の実施に取り組み続け、排出量の多い活動の規制強化が想定されます。SBT認証を取得することで、それらの規制に対するレジリエンスが高まると期待できます。

また、SBTiのホームページに記載されているソニーのケーススタディ[3]ではSBTの取得が社内のイノベーションに役立ったという事例が掲載されています。目標達成のための行動として排出量削減を促進する結果、新たな製品や製造プロセスを開発できることが期待できます。

上記のSBTを取得するメリットについて更に理解を深めたい方は、こちらのコラムをご参照ください。
➡︎コラム:SBTを取得するメリットとは?分かりやすく解説

SBT 短期目標の設定方法

短期目標は、SBT認証取得に向けて全ての企業が設定する5~10年後を目標年とした削減目標です。この章では、短期目標の主なポイントや企業事例を説明します。

短期目標設定のポイント

短期目標の主なポイントは以下の通りです。

①企業範囲

SBTの目標設定は、子会社を含んだ企業全体での設定が必要です。子会社の範囲はGHGプロトコルに沿って、財務会計等で使用される境界と一致させることが推奨されています。

目標は親会社またはグループ全体でのみの提出が推奨されています。子会社が独自に目標を設定することも可能ですが、親会社の目標には子会社の排出量も含める必要があります。そのため、はじめから親会社またはグループ全体で認証を取得して削減に取り組む方が二重の目標設定にならずに済むと考えられます。

②排出量の対象範囲

Scope1,2に関しては前提として企業全体の排出量をおさえることが必要です。二酸化炭素のみでは不十分で、フロンやメタンなどの温室効果ガスすべてを対象としていることに注意しましょう。ただし、理由を説明すれば実績と目標の両方において5%までは除外が認められています。

一方、Scope3に関しては排出量がScope1,2,3排出量の合計の40%以上の場合に目標に含める必要があります。(天然ガスやその他の化石燃料の販売や流通に関与する企業はScope3の割合に関わらずカテゴリ11の目標設定が必要です。)削減対象かどうかの判断のために、どんなにScope3が少ないと考えられてもまずはScope3を算定して全体に占める割合を確認する必要があります。

目標設定においては、Scope3全体の2/3をカバーする目標を設定します。排出削減のみならず、サプライヤーや顧客にSBTの目標を設定してもらう「サプライヤー/顧客エンゲージメント目標」の設定も認められています。

③時間軸

先述の通り、短期目標の達成年である目標年は提出日から5〜10年先に設定します。10年先以上の目標はネットゼロ目標としての提出となり、ネットゼロ目標の基準と整合させなければなりません。

一方、目標の基準となる排出量の年は2015年以降であることが必須となっています。同時に、直近年の排出量として申請時から2年以内の実績も提出する必要があります。

④目標設定

Scope1,2,3全てにおいて、SBTiが公表している計算ツールを使用して削減目標の排出量を計算します。

Scope1,2の削減目標は、産業革命前と比較して1.5℃以内の上昇に抑える水準であることが必要です。原単位目標はセクター別(産業別)の限られた場合に有効なため、基本は総量削減となります。また、Scope2削減目標の代替として、再エネ電力を積極的に調達する目標も設定することが可能です。

一方、Scope3の削減目標は産業革命前と比較して2℃を十分に下回る水準とされています。サプライヤー/顧客エンゲージメント目標は、目標年に関係なく提出日から遅くとも5年以内の達成が求められているため、注意が必要です。

上記以外にも様々な基準や推奨事項が存在し、これらは全て「SBTi Corporate near-term criteria」に記載されています。資料は定期的に更新されているため、目標設定の際に最新版かどうかの確認が必要です。(リンク先は2024年3月現在の資料です)

弊社コラム「【支援事例】SBT目標の設定・承認申請支援 – リクロマ株式会社 (rechroma.co.jp)」において支援事例を掲載していますので、ご参照ください。

短期目標設定の企業事例

①鹿島建設株式会社

鹿島建設株式会社は、鹿島グループとして2023年にSBTの短期目標の認定を取得しています。2030年度を目標年として、Scope1,2を42%減、Scope3(カテゴリ1とカテゴリ11)の25%減を設定しています。(2021年度比)

環境ビジョンで「脱炭素」を一つの視点として捉え、排出量削減の指標としてSBTの目標を使用しています。

参考:気温上昇を1.5℃に抑えるSBT認定を取得 | プレスリリース | 鹿島建設株式会社 (kajima.co.jp)

②オムロン株式会社

オムロン株式会社は、2022年に認証を取得しています。2030年度を目標年として、Scope1,2を65%減、Scope3(カテゴリ11)の18%減を設定しています。(2016年度比)

達成のための取り組みとして、省エネの徹底や電力のクリーン化、省エネ・省資源を推進しています。

参考:
「Science Based Targetsイニシアチブ」の認定を取得 | オムロン (omron.com)
スコープ1・2 | 環境 | サステナビリティ | オムロン (omron.com)

SBT短期目標の事例について更に深く理解したい方は、こちらのコラムをご参照ください。
➡︎コラム:SBT短期目標の事例を解説

SBT ネットゼロ目標とは

ネットゼロ目標設定の基準

ネットゼロとは温室効果ガスの排出量を「実質ゼロ」にする考え方です。ただし完全に排出をゼロにするのは難しいため、除去困難な残りの排出量は大気からの吸収量を排出量から差し引いて相殺します。先述の通りSBTのネットゼロ目標の設定は必須ではなく、推奨事項となっています。基準は短期目標と比較して厳しいですが、設定することで気候変動の対応において大きなアドバンテージとなり、外部評価が向上することが予想されます。

①企業範囲

ネットゼロ目標においても、短期目標と同様にグループ全体での提出が推奨されています。

②算定対象の範囲

ネットゼロ目標においては、スコープ1,2,3の全てを目標に含める必要があります(5%までは除外可能)。スコープ3の目標設定が必須となり、短期目標と大きく異なる点のため注意が必要です。

③時間軸

基準年は2015年以前は認められておらず、短期目標と同じ基準年を使用することが推奨されています。また、目標年は2050年までで設定します。

④目標設定

2050年までに1.5度水準と整合するために、企業がどれだけ排出量をどれだけ削減するかを示します。長期目標では毎年の削減量は設定されておらず、スコープ1,2,3全体の90%を削減することのみが求められています。スコープ1,2,3全体で設定することも、スコープ1,2とスコープ3で区別して設定することも可能です。

短期目標と同様に考慮するべき様々な事項が存在し、これらは全て「Net-Zero-Standard.pdf 」と「Net-Zero-Standard-Criteria.pdf」に記載されています。(リンク先は2024年3月現在の資料です)

SBTネットゼロ目標の詳しい基準やポイントは、こちらの記事をご覧ください。
➡︎コラム:SBT ネットゼロとは?概要や取得事例をわかりやすく解説

ネットゼロ目標設定の企業事例

①ソニーグループ株式会社

ソニーグループ株式会社は、2022年にネットゼロ目標を取得しました。「環境負荷ゼロ」を実現するために環境計画「Road to Zero」を推進し、2030年までにスコープ1,2のネットゼロ達成を目指し、2040年までにスコープ1,2,3全体でネットゼロを目標としています。

バリューチェーン全体でネットゼロ目標を達成するために、調達先との協力、バリューチェーン全体で総量目標を統一する、使用後まで考えた環境活動などを行っています。

参考:ソニーグループポータル | ソニーの環境計画 (sony.com)

②アスクル株式会社

アスクル株式会社は、2024年3月にネットゼロ目標を取得しました。2021年を基準年として、スコープ1,2,3の2050年におけるネットゼロを目標としています。

アスクル株式会社は2016年に「2030年CO2チャレンジ」を宣言し、現在にかけて様々な取り組みを行っています。今後さらに2050年までのネットゼロを目指し、サプライチェーン全体でのCO2削減に取り組むとしています。

参考:環境経営 | 環境 | アスクル – 環境・社会活動報告 (disclosure.site)

SBT 中小企業向けと産業別向けとは

中小企業向けのSBT

SBTiは、中小企業に向けて独自の目標を設定しています。通常のSBTと比べ、負担が少なく着手が容易であるという特徴があります。

ただし、SBTiは「中小企業」を以下のように定義しているため、自社が該当するかどうかを確認する必要があります。

詳しくは弊社コラム「【2024年1月改訂】中小企業向けSBTとは? – リクロマ株式会社 (rechroma.co.jp)」をご覧ください。

     

必須要件以下の要件のうち、3つ以上を満たす必要がある
・Scope1とScope2(ロケーション基準)の合計が10,000t-CO2未満であること・セクター別のSBT目標を設定する必要がないこと・「金融機関」または「石油・資源」産業に分類されないこと・通常のSBTでの申請が求められる会社の子会社でないこと・従業員が250人未満・売り上げが5,000万ユーロ未満・総資産が2,500万ユーロ未満・FLAG産業ではない
[4]より弊社作成(2024年3月現在)

産業別(セクター別)のSBT

SBTの短期目標とネットゼロ目標は全企業に向けた基準となっていますが、産業によってはその基準に沿った削減が難しい企業様もいらっしゃるのではないでしょうか。SBTiは、この削減が難しいと考えられる産業別にガイダンスを公開していて、「セクター別」とあらわしています。セクター別のガイダンスでは最低の野心レベルが設定され、そのレベルに応じた目標設定が求められます。

現在基準が確定または開発中のセクターは以下の通りです。他のセクターにおいても今後ガイダンスが新たに公開されたり、内容が変更する可能性があるため注意深く確認する必要があります。

確定開発中
・アパレルとフットウェア・セメント・金融機関・森林、土地、農業(FLAG)・情報通信技術(ICT)・海運・電力・鋼鉄・アルミニウム・航空・建物・化学薬品・石油、ガス・輸送
[5]をもとに弊社作成(2024年3月現在)

SBT 目標の申請プロセス

SBT認証の申請の流れは下記の通りです。

①Commitment Letterを事務局に提出(任意)

②目標を設定し、申請書を事務局に提出

③SBT事務局による目標の妥当性の確認(有料)

①Commitment Letterを事務局に提出(任意)

こちらは任意となっていますが、はじめにCommitment Letterを事務局に提出します。“コミット”とは2年以内にSBTに準拠した目標を設定することの宣言です。このコミットの表明によりSBT事務局・CDP・WMBのウェブサイトでその旨が掲載されます。

SBTiのウェブサイトから「SET A TARGET」「GET STARTED」「①COMMIT」とアクセスし、「SBT Commitment Letter」からダウンロードしたレターに署名をします。

「Commitment Letter」の作成が完了したら、SBTi Standard Commitment applicationに提出します。

②目標を設定し、申請書を事務局に提出

SBT目標を設定した後、「目標認定申請書(SBTi Corporate Target Submission Form)」を作成します。全て英語で記入し、作成が完了次第 SBTi Target Validation Booking System に提出します。

SBTiのウェブサイトから「SET A TARGET」「GET STARTED」「③SUBMIT」とアクセスし、「SBTi Corporate Target Submission Form」から申請書のダウンロードが可能です。

③SBT事務局による目標の妥当性の確認(有料)

申請を受け付けた事務局は、目標の“妥当性確認”をすることでSBT認定の審査を行います。この目標の妥当性確認には、最大2回の目標評価を受けられる内容で、USD9,500の申請費用が必要です。それ以降の評価には、1回につきUSD4,750の費用が必要になります。申請時の値段については、詳しくはこちらをご覧ください。

以上のプロセスを経て晴れてSBTが認定された場合には、顧客向けに公表する、投資家向けにIR情報として掲載するなど、ネットゼロへの取り組みのPRとして公式に活用できるようになります。

まとめ

この記事では、SBTの概要と種類、申請の流れのポイントについて解説しました。

SBTiの認定申請は3つのステップで完了しますが、そのうち2つ目のステップ、「提出資料の作成」は特に慎重な記入が求められます。このステップでは、自社で計算したスコープ1、2、3のデータがSBTiの基準に適合しているかを正確に確認し、提出資料に正しく記入することが必要です。

日本企業の認定取得数は毎年増加しており、この傾向は今後も続く見込みです。SBTiは達成までの期限を設けているため、早く削減目標を設定すればするほど、目標達成までの猶予期間が長くなります。申請の際には削減のための具体的な行動計画を細かく記入する必要はありません。まずは削減目標を明確に設定することが重要です。

今後も弊社の支援実績に基づく記事を多数公開予定です。

記事で説明した内容が、担当者様の業務に少しでもお役に立てるのであれば大変光栄です。

2024年2月以降の申請対応!

SBT申請方法の変更点について詳しく説明します。

参考文献

[1]環境省(2023)「SBTに参加している国別企業数
[2]環境省(2023)「サプライヤーへの⽬標設定を求めるSBT認定企業
[3]Science Based Targets「ケーススタディ – Sony – Science Based Targets
[4]Science Based Targets 「中小企業(SME)として目標を設定する – 科学的根拠に基づく目標 (sciencebasedtargets.org)
[5]Science Based Targets 「セクターガイダンス – 科学的根拠に基づく目標 (sciencebasedtargets.org)

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リクロマ株式会社

当社は「気候変動時代に求められる情報を提供することで社会に貢献する」を企業理念に掲げています。

カーボンニュートラルやネットゼロ、TCFDと言った気候変動に関わる課題を抱える法人に対し、「社内勉強会」「コンサルティング」「気候変動の実働面のオペレーション支援/代行」を提供しています。

Author

  • 山下莉奈

    2022年10月入社。総合政策学部にて気候変動対策や社会企業論を学ぶ。スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリによる国際的な組織での活動経験を持つ。北欧へ留学しサステナビリティと社会政策を学ぶ。