Last Updated on 2024年3月14日 by Yuma Yasui

食品事業は気候変動からの影響を受けやすく、「物理的リスク」が大きいと見込まれます。一方で、その財務影響算定は、シナリオ分析の中でも労力がかかる箇所のひとつです。
本記事では、食品事業における物理的リスクの算定方法例や、財務影響の算定時に活用可能なパラメータを紹介します。

シナリオ分析のロードマップを理解する、「シナリオ分析セミナー」
⇒セミナーに申し込む

食品事業の気候変動対応の必要性

気候変動が食品事業に及ぼす影響は重大であるため、企業は投資家や金融機関に対して、気候関連のリスクと機会に関する情報を開示することが求められています。

「食料・農林水産業の気候関連リスク・機会に関する情報開示(実践編)」p.4より引用


また、中小企業もサプライヤーとして取引先大企業への気候関連情報開示が求められつつあります。

「食料・農林水産業の気候関連リスク・機会に関する情報開示(実践編)」p.5より引用

シナリオ分析のロードマップを理解する、「シナリオ分析セミナー」
⇒セミナーに申し込む

食品事業における物理リスク

産業革命時の平均気温を起点とした4℃シナリオによると、異常気象の激甚化や気温上昇等の物理的リスクが顕在化し、サプライチェーン全体に影響を及ぼすと考えられます。食品事業における物理リスク例は以下になります。
急性:洪水被害の発生による被害増加    
   渇水被害の発生による被害増加   
慢性:気温上昇等による作物調達コストの変動   
   気温上昇による労働生産性低下

以下では、洪水被害の発生による被害増加額の算定例を説明いたします。

洪水被害の発生による被害増加額の算定例

1.「想定被害額」「該当拠点数」の自社データを用意します。
2.「洪水発生頻度変化倍率」としてどのような外部のパラメーターを使用するか協議・決定します。
3.「洪水発生確率」の値を自社で算出または参照値を決定します。
4.以下の計算式に上記値を入れ算出します。

「食料・農林水産業の気候関連リスク・機会に関する情報開示(実践編)」p.25より引用


具体的な数字の用意の仕方について見ていきましょう。

想定被害総額

「食料・農林水産業の気候関連リスク・機会に関する情報開示(実践編)」p.25より引用

参考:重ねるハザードマップ(国土地理院)

洪水発生頻度増加率

対象地域が日本の場合、外部パラメーターの例として、 気候変動を踏まえた治水計画に係る技術検討会が作成した「気候変動を踏まえた治水計画の在り方提言」の値があります(p.19参照)。
20世紀末を基準年とした2050年の値は以下になります。

1.5℃~2℃4℃
約2倍
※2050年予測値がないため、21世紀末の数値を掲載。2℃(RCP2.6)では、 2040年頃以降の気温上昇が横ばいとなることから、2040年以降の値として適用可能。
約4倍
※2050年予測値がないため、21世紀末の数値を掲載。

洪水発生確率

洪水発生確率は、地域によって異なるため、統一的なパラメーターの使用ができません。
しかし、以下の方法で仮説を設定することができます。
自社の被害実績より、何年ごとに被害が発生しているかを算出する
・自社拠点付近の治水安全度評価結果を参照する   

物理的リスクの影響評価向け文献・ツール一覧

食品事業にとって特に重大な「物理的リスク」の影響評価を行うときに有用な国際機関・研究機関等によるパラメータが存在します。

以下、農林水産省が作成した手引書「食料・農林水産業の気候関連リスク・機会に関する情報開示(実践編)」を引用し紹介します。(一部最新情報に更新しました。)

特に、「気温上昇等による作物調達コストの変動」は重要なリスクです。しかし、地域・作物ごとに傾向が異なるため、以下の文献などを用いてリスク評価することができます。

対象地域:日本

「気候変動影響評価報告書」
発行機関:環境省
概要:気候変動に関する適応策の推進に向けた科学的知見についての報告書です。各分野における気候変動影響の概要に加えて、気温や降水量などの観測結果と将来予測、影響の評価に関する今後の課題などがまとめられています。

気候変動を踏まえた治水計画に係る技術検討会「気候変動を踏まえた治水計画のあり方提言」
発行機関:国交省
概要:各地で大水害が発生する中、今後、気候変動の影響により、さらに降雨量が増加し、水害が頻発化・激甚化することが懸念されていることから、平成30年4月に、有識者からなる「気候変動を踏まえた治水計画に係る技術検討会」が設置され、気候変動を踏まえた治水計画の前提となる外力の設定手法や、気候変動を踏まえた治水計画に見直す手法等について検討が行われ、提言として取りまとめられました。

地球温暖化予測情報 第9巻
発行機関:気象庁
概要:20世紀末と21世紀末の間の日本付近における気候変動予測に関してまとめられています。ここでは、現時点を超える政策的な 緩和策が行われないことを想定(IPCC第5次評価報告書、RCP8.5シナリオ)した計算に基づいています。また、いくつかの現実的な毎面水温上昇パターンの条件下で気候変動の不確実性が計算されます。

過去の気象データ・ ダウンロード
発行機関:気象庁
概要:日本国内の各都道府県内の観測点で記録された気象データをcsvファイルでダウンロードすることができます。データ項目は、気温、降水量、日照/日射、積雪/降雪、風速、湿度/気圧、雲量/天気等です。観測期間を任意に設定でき、多様な表示オプションを選択できます。

日本の各地域における 気候の変化
発行機関:気象庁
概要:日本の各地方、各都道府県における気候の変化に関するリンクがまとめられています。日本付近の大まかな変化傾向が掲載されている「地球温暖化予測情報第8巻」(気象庁、2013)及び「地球温暖化予測情報第9巻」(気象庁、2017)を参照したうえでの利用が推奨されています。

21世紀末における日本の気候
発行機関:環境省、気象庁
概要:適応計画に向けた日本周辺の将来の気候予測計算の結果がまとめられています。予測項目は気温、降水、積雪・降雪で あり、IPCC第5次評価報告書に記載されている複数の将来シナリオに基づいて2080~2100の計算が実施されています。それぞれのシナリオに応じた計算結果をもとに将来気候の不確実性の幅を評価できます。

気候変動の影響への適応に向けた将来展望
発行機関:農林水産省
概要:「農林水産分野における地域の気候変動適応計画調査・分析事業」(平成28年度~平成30年度)にて作成された、「気候変動の影響への適応に向けた将来展望」をもとにしたウェブ検索ツールです。「影響評価検索」では、気候変動による将来の影響評価について、「分野」「品目・項目」「影響」「地域」を選択し、検索することが出来ます。「適応策検索」では、「都道府県」「時期」「気温差・降水量差」「分野」「品目」を選択・設定することで該当する適応策を検索することが出来ます。

令和3年地球温暖化影響調査レポート
発行機関:農林水産省
概要:各都道府県の地球温暖化の影響と考えられる農業生産現場での高温障害等の影響、その適応策等を取りまとめられています。水稲をはじめ、果樹、野菜、花き、家畜等における主な影響、各都道府県の温暖化への適応策の取組状況が含まれています。

生物多様性分野における気候変動への適応
発行機関:環境省
概要:気候変動の生態系への影響について具体的に紹介された後に、①気候変動が生物多様性に与える悪影響を低減するための自然生態系分野の適応策、②他分野の適応策が行われることによる生物多様性への影響の回避、③気候変動に適応する際の戦略の一部として生態系の活用の3つの視点から適応策がまとめられています。
 
地域適応コンソーシアム事業
発行機関:環境省
概要:平成29年度より3カ年の計画で実施する環境省・農林水産省・国土交通省の連携事業で、全国及び6地域で実施される事業の概要や、気候変動影響に関する調査の内容等がまとめられています。

全国・都道府県情報
発行機関:国立環境研究所 (A-PLAT)
概要:気候、影響に関するマップやグラフ、適応に関する施策情報を閲覧できます。

S-8 温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究
発行機関:環境省
概要:環境省環境研究総合推進費S-8の4年間(平成22~25年度)の成果がまとめられています。分野別影響と適応策の課題が水資源、 沿岸・防災、生態系、農業、健康の5つの課題、被害の経済的評価、温暖化ダウンスケーラ、自治体の適応策の実践、九州の温暖化影響と適応策、アジアから見た適応策の在り方、総合影響評価と適応策の効果がそれぞれ1 つの課題として報告されています。

国土交通省気候変動適応計画
発行機関:国土交通省
概要:国土交通省が推進すべき適応の理念及び基本的な考え方が示された後、気候変動に伴う影響が自然災害分野、水資源・水環境分野、国民生活・都市生活分野、産業・経済活動分野、その他の分野に分類され、適応策が提示されています。

気候変動予測モデル 気候データベース等
発行機関:データ統合・解析システムDIAS(Data Integration and Analysis System)
概要:地球規模/各地域の観測データと社会経済情報等とが融合された、環境問題や大規模自然災害等に対する危機管理に関する情報を閲覧できます。DIASは省庁やシンクタ ンク、学術機関、気候変動適応技術社会実装プログラム(SI-CAT)などの機関と連携しており、気候予測モデルの データセット一覧を公開しています。データ利用にはDIASアカウントの申請が必要です。

ハザードマップ
発行機関:国土交通省
概要:国土交通省が運営するポータルサイトで、日本国内における物理的リスクの影響を地域別に把握することができます。特に、「重ねるハザードマップ」では、洪水、土砂災害、高潮といった気候変動関連の災害リスク情報を地域別に把握することができます。

日本の気候変動監視レポート 2022
発行機関:気象庁
概要:日本の気候変動に関する自然科学的知見を概観できる資料です。日本及びその周辺における大気中の温室効果ガスの状況や気候システムを構成する気温や降水、海面水位、海水温などの諸要素について、まとめられています。

改訂版 民間企業の気候変動適応ガイド-気候リスクに備え、勝ち残るために-
発行機関:環境省
概要:民間企業の経営及び実務関係者を対象に、気候変動と事業活動との関わりについての理解を深め、気候変動適応の取組を進める際の参考書として作成された資料です。最新の気候リスク情報、適応に取り組むための考え方や手法がまとめられ、TCFD及びBCMそれぞれの取組に応じた気候変動適応についての解説も充実しています。

対象地域:海外

Bloomberg Scenario Analysis Tool(Physical Risk Assessment)
発行機関:Bloomberg
概要:サイクロン、洪水、猛暑、水ストレス、高潮、山火事など、特定の物理的リスクの高い資産がマップで閲覧できます。

OASIS Loss Modelling Framework
発行機関:Oasis HUB
概要:火災、洪水などの大災害モデルが展開されています。ハザード、曝露、脆弱性のデータを選択し、イベントのリスクと財務コストを計算することができます。

Easy XDI
発行機関:XDI
概要:森林火災、河川で起きる洪水、陸上での大雨による洪水、海岸浸水、異常な高温、地盤沈下、異常風、凍結融解などの物理的リスクについて、資産レベルで気候リスクを調査することができます。

The Climate Impact Map
発行機関:Climate Impact Lab
概要:複数シナリオの下で、海面上昇、気温、降水量、湿度などの物理的リスクに関する将来の気候の影響を予測することができます。

ThinkHazard!
発行機関:World Bank Global Facility for Disaster Reduction And Recovery
概要:特定の場所を選択し、その場所における河川洪水、都市型洪水、海岸洪水、サイクロン、水不足、猛暑、 山火事などの物理的な気候ハザードのレベルを閲覧できます。また、企業の開発プロジェクトに関連するリスクを低減するためのガイダンスもまとめられています。

Aqueduct
発行機関:World Resources Institute (WRI)
概要:物理的リスク・機会の発生地域や度合いを閲覧することができます。水関連の特定地域におけるリスクを評価するマッピングツールAqueduct Water Risk Atlasや、農業および食料安全保障に対する現在および将来の水リスクを特定するAqueduct Food等のツールがまとめられています。

Global Agro- Ecological Zones
発行機関:Food and Agriculture Organization of the United Nations(FAO)
概要:気候変動による収穫高、生産高等の予測値や農業関連の気候資源(気候分類、温度、蒸発散量、生育期間、霜日、 乾燥日、降雨日等)を検索できます。これは、農業資源及びポテンシャルの評価を目的としたGAEZ方法論をベースとしています。

Climate Change Knowledge Portal
発行機関:World Bank
概要:過去および将来の気候、脆弱性、影響に関するグローバルデータを閲覧することができます。各国の現在の気候情報に加えて、複数シナリオ(SSP1-1.9からSSP5-8.5まで)での将来予測値(2020-2039年から2080-2099年まで)が掲載されています。

Data Distribution Centre
発行機関:Intergovernmental Panel on Climate Change (IPCC)
概要:IPCCが作成した報告書と主要数値に使用された気候、社会経済、環境データとシナリオについて、透明性があり、追跡可能かつ評価可能なデータが掲載されています。

The future of food and agriculture Alternative pathways to 2050
発行機関:Food and Agriculture Organization of the United Nations(FAO)
概要:2012年から2050年までの5年毎のデータが、シナリオ別、場合によっては商品や動物種別に国レベルで可視化されており、検索・ダウンロードすることができます。

Water Risk Filter
発行機関:World Wide Fund for Nature(WWF)
概要:水リスク、生物多様性リスクを特定し、水リスクや生物多様性に対する企業の行動に優先順位を付けるためのポートフォリオレベルのスクリーニングツールを利用することができます。

IPR FPS 2021: Detailed land use system results
発行機関:Inevitable Policy Response(IPR)
概要:予測される政策が2050年までの実体経済に与える影響をモデル化し、全排出セクターへの詳細な影響をトレースした、 気候シナリオ「FPS」の土地利用に関するレポートです。農作物の生産量予測値等が含まれています。

IPR RPS 2021: Detailed land use system results
発行機関:Inevitable Policy Response(IPR)
概要:IEA NZEシナ リオをベースに、政策・土地利用・新興経済・NETs・価値ドライバー関連の分析を深化させた”1.5℃必要政策シナリオ”「RPS」の土地利用に関するレポートです。農作物の生産量予測値等が含まれています。

European Climate Adaptation Platform (Climate-ADAPT)
対象地域:欧州
発行機関:European Commission
概要:欧州委員会と欧州環境庁 (EEA) のパートナーシップによって運用されているプラットフォームです。予想される気候変動や地域及び部門別の現在及び将来の脆弱性等に関するデータや情報を閲覧することができます。

Climate Impact Viewer
対象地域:アジア
発行機関:Asia-Pacific Climate Change Adaptation Information Platform (AP-PLAT)
概要:気候変動および適応に関する海外向け情報プラットフォームです。最新の気候予測情報を地図やグラフで表示される「ClimoCast」、農業・健康・水資源・沿岸等の様々な分野の将来の気候変動影響や適応策の効果が地図上で表示される「Climate Impact Viewer」、気候変動適応をサポートする有用なツールやデータを検索できるデータベース「ClimoKit」を利用することができます。

UKCIP Adaptation Wizard
対象地域:イギリス
発行機関:UK Climate Impact Programme
概要:気候関連の過去データと将来気候予想を集めたツールです。低排出・中排出・高排出シナリオが含まれており、 オンライン・ユーザー・インタフェースやレポートを閲覧することができます。

Downscaled CMIP3 and CMIP5 Climate and Hydrology Projections
対象地域:アメリカ
発行機関:United States Global Change Research Program概要:シミュレーションされた過去及び将来の気候と水に関する情報がまとめられています。

TCFD提言の基本を学ぶ!

「なぜ今TCFDが求められているのか」から、「どんなプロセスで対応していけば良いのか」
までをご理解いただけます。

お気軽にお問い合わせください

本記事では、食品事業における物理的リスクの算定方法例や、財務影響の算定時に活用可能なパラメータを紹介しました。算定方法やデータ収集にお困りの際は、ぜひとも弊社にご相談ください。

また、弊社では、『移行計画の策定』をはじめ、『SBT目標設定支援』『環境ビジョン策定』など、企業様のネットゼロ達成のためのご支援を行なっております。下記のバナーより、サービス資料をダウンロードいただくか、お気軽にお問い合わせください。

#算定

セミナー参加登録・お役立ち資料ダウンロード

  • TCFD対応を始める前に、最終アウトプットを想定
  • 投資家目線でより効果的な開示方法を理解
  • 自社業界でどの企業を参考にするべきか知る

リクロマ株式会社

当社は「気候変動時代に求められる情報を提供することで社会に貢献する」を企業理念に掲げています。

カーボンニュートラルやネットゼロ、TCFDと言った気候変動に関わる課題を抱える法人に対し、「社内勉強会」「コンサルティング」「気候変動の実働面のオペレーション支援/代行」を提供しています。

弊社コンサルタント 西家光一監修

2021年9月入社。国際経営学修士。大学在学中より国際人権NGOにて「ビジネスと人権」や「気候変動と人権」領域の活動を経験。卒業後はインフラ系研究財団へ客員研究員として参画し、気候変動適応策に関する研究へ従事する。企業と気候変動問題の関わりに強い関心を寄せ、リクロマ株式会社へ参画。

Author

  • 遠藤瑞季

    2022年10月入社。2020年より国際人権NGOにて「ビジネスと人権」の分野の活動に従事。在学中、国際労働機関(ILO)のインターンとしてリサーチ業務を経験。気候変動における企業の可能性に関心を寄せ、リクロマ株式会社へ参画。