Last Updated on 2024年12月30日 by Moe Yamazaki
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既にTCFD対応を始めている企業様におかれましては、TCFD4要素の一つである「戦略」のうちのシナリオ分析に取り組まれていることと思います。そのプロセスでは、「世界観の整理」を行うことは外部からの評価においてとても重要です。
今回の記事では〈シナリオ分析解説シリーズ〉のPart2として、TCFDのおさらいをした後、TCFDにおける「世界観整理」の基本的な解説と、企業のHP開示をもとに世界観整理の例を紹介します。
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前回のPart1では、ENEOSホールディングスの事例を用いてTCFDにおけるリスクと機会をそれぞれ洗い出す方法を解説しました。
今回はリスクと機会の設定を踏まえて、その先のシナリオ決定方法を解説します。
まずは、Part1でご説明した「リスクと機会」の内容を一度おさらいしましょう。
TCFDにおける「リスクと機会」とは何か
リスクと機会とは何か
TCFDにおける「リスクと機会」とは、世界情勢や将来予測の情報を収集・分析した上で気候変動がもたらす企業の財務影響上のリスクと機会を指します。また、リスクと機会の洗い出しと評価の過程においては気候変動に関連するリスクのみならず、ビジネス上におけるリスクや情報セキュリティ、コンプライアンスに関連するリスクも評価することが一般的です。
また、そのリスクと機会の評価においては直接操業だけでなく、サプライチェーンの上流及び下流のいずれも含めることも有効です。
リスクとは何か
気候変動に関するリスクは移行リスクと物理的リスクの2つに分類されています。移行リスクについては、低炭素経済への”移行”に関するリスクと定義されており、また物理的リスクにおいては、気候変動による”物理的”変化に関するリスクと定義されています。
移行リスクは、規制強化に伴う企業内部・外部の対応にかかるコストや、ステークホルダーへの対応コストなどが挙げられます。
物理的リスクは、将来的に発生しうるサイクロンや洪水などの異常気象や、その企業が関わる土地や国の気象パターンの変化への対応コストなどが挙げられます。
機会とは何か
TCFD提言では気候変動緩和策もしくは適応における経営改革の機会を ①資源効率性②エネルギー源③製品/サービス④市場⑤レジリエンス の5つに分類しています。
上記の5つの分類の中で、機会の例として考えられる内容は次のようになります。③製品/サービスに関しては、今後のGHG排出の規制強化により低炭素商品/サービスの需要が高まる可能性が想定されるため、この需要に応える事業を行う企業にとっては機会になります。
また、⑤レジリエンスに関しては再エネプログラムや省エネ対策の推進に取り組むことで、その企業の市場価値の向上に繋がるのではと考えられます。
リスクと機会に関する詳細はPart1の記事で解説しております。是非ご覧ください。「TCFD開示のシナリオ分析における「リスクと機会」とは?基本の考え方から開示例まで解説!〈シナリオ分析解説シリーズ〉Part1」
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リスクと機会を踏まえたシナリオ群の定義
シナリオ群の定義とは
シナリオは一般的には物語という意味になりますが、TCFDにおけるシナリオ群の定義では気候変動を中心軸に今後の2030年もしくは2050年後の世界で会社がどのような状態に置かれているかを予測し、物語をつくります。ここで大切なことは、個人の主観や思い込みで予測し物語をつくるのではなく、信頼性のある外部組織の公開または有償で提供しているデータを使用して考える必要があります。
シナリオ群の定義における流れとは
環境省では、シナリオ群の定義に関して以下のように記述されています。シナリオ群の定義は、具体的に(1)シナリオの選択、(2)関連パラメータの将来情報の入手、(3)ステークホルダーを意識した世界観の整理、の流れで実施されます。
情報量や汎用性の高さ、競合の事例を加味しつつどのようなシナリオを選択するか、また、自社内の関連部署と世界観をどうすり合わせていくかがポイントとなります。
以下、シナリオ定義で行われるそれぞれの段階について見ていきましょう。
① シナリオの選択
第一段階として、温度帯のシナリオを選択します。温度帯シナリオを決定する際に使用するデータは、最も汎用性の高くデータが豊富なIEA の WEO(World Energy Outlook)、SSP(Shared Socioeconomic Pathways)、PRI の IPR(Inevitable Policy Response)などを参照することを推奨します。
また、TCFD提言におけるシナリオ分析では、2℃以下を含む複数の温度帯シナリオの選択を推奨しており、シナリオの特徴やパラメータを踏まえ、自社の業種や状況、投資家の動きや国内外の政策動向に合わせたシナリオの選択が重要であるとされています。
当社では、現状の脱炭素動向を踏まえ、1.5℃と4.0℃の二つの温度帯シナリオを用いて、シナリオ群の定義を行っています。それぞれの温度帯シナリオの定義については以下のようになります。
[1.5℃シナリオ]
厳しい気候変動に対する対策をとれば、産業革命時期比で 0.9〜 2.3℃上昇が想定されるシナリオです。1.5℃シナリオについては、パラメータとして、炭素税や一次エネルギー需要の変化量等、一部情報が公開されています。
[4℃シナリオ]
4.0℃シナリオ では現状を上回る温暖化対策をとらなければ産業革命時期比で 3.2〜5.4℃上昇し、気候変動による自然災害等が発生する可能性が高いシナリオです。よって、対応策を考える際も自然災害におけるリスク回避の内容が主となります。
② 関連パラメータの将来情報の入手
第二段階として、リスク・機会項目に関するパラメ ータの客観的な将来情報を入手し、自社に対する影響をより具体化します。
これは、前回洗い出した自社のリスクと機会の内容がただの妄想とならないように、その内容を裏付ける信憑性の高いデータを集めるということになります。
例えば、物理的リスクにおいて事業所のある地域が自然災害が起きやすく、被害コストが増える可能性があると想定すると、その事業所の地域がどのくらい自然災害リスクがあるか信憑性のあるデータを用いて想定を裏付ける必要があります。その際は、ハザードマップ等を用いることでその事業所の自然災害リスクを測ることができます。
情報入手の際には、移行リスクについては IEA や PRI、SSP のレポート、物理的リスクについては気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)や物理的リスクマップ、ハザードマップ等の気候変動影響評価ツールといった外部情報から、パラメータ の客観的な将来情報を入手することが可能です。
また、注意点としてすべての分析時間軸として設定した対象年度の将来情報が全て見つかる とは限らないため、定性的な情報を収集する等の検討が必要です。
③ ステークホルダーを意識した世界観の整理
第三段階として、投資家を含めたステークホルダー の行動等の自社を取り巻く将来の世界観を明確化し、社内でその世界観について合意形成を図る必要があります。関連する部署との世界観のすり合わせでは、納得感のある世界観を構築することが重要です。その際に、事業環境分析のフレームである5forces分析等を用いて世界観を整理する必要があります。
また、フレームを用いた世界観の整理後は将来像をイメージしやすいように視覚化することで、今後考えられる社内での議論の活性化や情報開示の際などにも役に立つと考えます。
続いて、世界観整理で用いられる5forces分析に関する詳細を紹介します。
世界観整理で用いられる分析方法:5forces分析
5forces分析とは
5forces分析は、ある業界・企業・製品における外部環境の5つの競争要因(5forces)を把握するためのフレームワークで、環境分析の手法の一つです。5forcesの要素は、(1)政府 (2)新規参入業者 (3)代替品 (4)売り手(供給業者の交渉力)(5)買い手(顧客の交渉力)を指します。
上記で挙げられている5forcesの詳細をそれぞれ見ていきましょう。
① 政府
1.5℃シナリオでは気候変動に対する政策を積極的に推進していると仮定し、一方で4.0℃シナリオでは気候変動に対する政策が進んでいないと仮定します。
② 新規参入者の脅威
業界に新たに参入してくる競合他社の脅威です。参入障壁が低い業界の場合、その自社のシェアが奪われ、収益が悪化する可能性があります。
③ 代替品の脅威
顧客の同じニーズを満たす代替品は、自社製品の直接的な脅威です。この場合、代替品は同じ業界にあるとは限りません。違う業界にも強力な代替品が存在することもあります。
② 新規参入者の脅威との違いは、新規参入者は企業を指すことが多いですが、③ 代替品は主に商品のことを指しています。
④ 売り手(供給業者の交渉力)の脅威
自社製品の製造に必要な材料やサービスを供給してくれるのが売り手(供給業者)です。この売り手が高い交渉力を持っていると、価格交渉で値上げやより良い条件を得ようとします。これも自社にとって脅威です。
⑤ 買い手(の交渉力)の脅威
顧客は安価で購入することを理想とします。そのために、高い交渉力を持つ顧客が多数いる程、自社にとって脅威の存在です。
このように5forces分析を活用しながら、シナリオの選択で決定した各温度帯シナリオで対象業界がどのように変化していくか考察していきます。
5forces分析を行った世界観整理の企業事例
最後に、京セラ株式会社のHP情報から温度帯シナリオを4.0℃シナリオと2.0℃シナリオの2点のみを抜粋し、5forces分析を用いて考えられた世界観整理の例を紹介します。京セラ株式会社は、電子部品、ファインセラミック部品、半導体部品を主に製造する日本を代表する大手電子部品・電気機器メーカーです。
そこで今回考えられる5forcesは、(1)政府、(2)電力会社、(3)社会・お客様、(4)業界(半導体・情報通信業界と太陽光システム業界)(5)サプライヤーとなります。
以上を踏まえて、京セラ株式会社のHP(気候変動シナリオ | 環境への取り組み | サステナビリティ | 京セラ (kyocera.co.jp))では以下のように、4.0℃シナリオと2.0℃シナリオを公開しています。京セラ株式会社のシナリオを見ていきましょう。
[4℃シナリオ]
4.0℃シナリオの前提である政府の気候変動に対する政策は脱炭素化が進まないことを仮定すると京セラ株式会社では電力会社は化石燃料による発電を継続し、CO2排出係数は低下しないとHP内で示しています。
また上記の図において、太陽光発電システム、蓄電池、燃料電池などエネルギー技術に関する業界でも技術開発が進まず、社会やお客様の脱炭素化が進まないと記載されています。
しかし、半導体・情報通信事業においては技術開発の進展、生産能力拡大を図り、デジタル技術の拡大が進むとされ、その結果、エネルギー関連事業は減速し、顕在化した物理リスクによりBCP対策コストや原材料の調達コストが増加すると示されています。
以上より、物理リスク対策費用が増加することで、最終利益が減少すると予測されていますが、本シナリオにおいては、各国が脱炭素に進んでいることから、京セラ株式会社では実現可能性は低いとの見解を示しています。
[2℃シナリオ]
続いて2.0℃シナリオにおいては、前提から政府は再生可能エネルギーなどの支援制度を導入すると仮定し、京セラ株式会社では電力会社はCO2排出係数の低い電力を供給すると示しています。
上記の図より、太陽光発電システム、蓄電池、燃料電池などエネルギー技術に関する業界では、技術開発が進むと予測され、半導体・情報通信事業などでは、4.0℃シナリオと同様に技術開発の進展、生産能力拡大を図り、AI、IoT、スマートシティなどデジタル技術の拡大が進むと記載されています。
また、物理リスクにおいては4.0℃ケースより小さいですが、大きな影響があると考えられるとの見解から、WRI Aqueduct Water Risk Atlasや行政のハザードマップなどに基づきBCP対策を推進し、移行リスクにおいては炭素税の支払い増加など、操業に関わるコストが増加すると予測しています。
以上の結果、エネルギー関連事業の利益は増加すると考えられ、増益分はリスク対応費用で相殺される可能性が高いと京セラ株式会社のHPで公開されています。
まとめ
この記事では、シナリオ群の定義において重要な3つの流れと世界観整理の分析方法の一つ5forces分析の手順確認から実際に5forces分析を用いて作成された京セラ株式会社の世界観整理の事例を紹介しました。
シナリオ群の定義では、洗い出したリスクと機会の内容からより具体的に2030年もしくは2050年に自社がどのようになっているのかを定量・定性的データを用いて想定します。
根拠のない机上論とならないように、リスクと機会の内容を根拠付けるパラメータを収集し、信憑性のあるシナリオを創造しましょう。
#TCFD#シナリオ分析
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⇒シナリオ分析における「対応策」とは?具体的な手順を解説〈シナリオ分析解説シリーズ〉Part4
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「なぜ今TCFDが求められているのか」から、「どんなプロセスで対応していけば良いのか」
までをご理解いただけます。
参考文献
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