Last Updated on 2024年5月2日 by Yuma Yasui

自社のCO2削減努力のアピール手法として、「削減貢献量」の算定が注目を集めています。この記事では、削減貢献量の概要と算定のメリット、また削減貢献量の算定方法を紹介します。

削減貢献量の基本情報から算定方法まで一通り理解できる、「削減貢献量(WBCSD)解説資料」
⇒資料をダウンロードする

排出削減貢献量の基本的な考え方

削減貢献量とは、「従来使⽤されていた製品・サービスを⾃社製品・サービスで代替することによる、サプライチェーン上の『削減量』を定量化する考え⽅」[1] のことを指します。企業は、より排出量の少ない製品を開発することによって、その製品のバリューチェーン上のいずれかのフェーズで潜在的に発生したであろう排出を削減したというアピールができるようになります。

例えば家電メーカーにおいては、ある製品の省エネ性能が向上した場合、従来の製品を使用していた場合に排出されていた分を削減したというアピールを、建材メーカーにおいては⾼断熱住宅へのリフォーム によって、住宅の冷暖房の使⽤量が減少して電⼒消費量の削減分だけGHG排出の削減ができたというアピールをできるようになります。

出所: 環境省[1]より

削減貢献量は「機会追求」ベース

余談ではありますが、気候変動開示の代表格であるTCFDはいわゆる「リスク回避」の考え方が前提で、一般的には、気候変動に対する自社のレジリエンスの程度を“弁解”する手段のような用いられ方をしています。これに対して、削減貢献量の算定のベースにある考えは、自社がどれだけ脱炭素経済への移行に“貢献”しているかという積極的な「機会追求」の姿勢です。

削減貢献量の考えが出現した背景

削減貢献量の算定は、特にScope3における排出削減努力を新しい観点から可視化する手法として注目されています。Scope1,2,3の算定が代表的なinventory accountingと呼ばれる既存の算定手法では、どれだけ削減努力をしたところで、その製品が普及すれば必然的にScope3の排出量は増加してしまいます。

※関連記事『スコープ3の削減方法とは?企業の具体的事例を解説』

一方で、削減貢献量の算定のようなintervention accountingでは、省エネ化が実現した自社製品が普及するほど社会における自社の削減貢献量は増えることになり、ポジティブなインパクトを可視化することができるのです。

既存の算定方法(左)と削減貢献量(右)の違いは、下図の通りです。

出所: WBCSD[2]より

削減貢献量の基本情報から算定方法まで一通り理解できる、「削減貢献量(WBCSD)解説資料」
⇒資料をダウンロードする

削減貢献量の算定のメリット

脱炭素経済に整合したビジネスモデルへの転換に貢献

CO2削減貢献量を非財務目標に設定することで、脱炭素経済に整合したビジネスモデルへの転換に役立ちます。なぜなら、多くの先進国では、2050年のカーボンニュートラルに向けて、排出規制が施行されたり消費者嗜好も低排出製品へと変化していくことが想定され、低排出製品の需要が高まることが想定されるためです。

削減貢献量を製品開発の指標に設定しその進捗を追うことができれば、将来的な排出規制や消費者需要の変化に対応した事業モデルの構築体制において、他社に先んじることができるでしょう。

投資家からの支持

上述のように、削減貢献量の開示は、TCFDの「リスク回避」ベースに対して、「機会追求」ベースです。脱炭素経済への移行を“機会”として捉えて削減貢献量の開示をすることで、長期的なリターンを求める投資家からの支持は高まるでしょう。

※関連記事『気候変動に対する国、投資家、企業の動向とは?外観を整理』

削減貢献量の算定手順

削減貢献量算出のロジック

冒頭でも見た通り、削減貢献量の算定のロジックは非常にシンプルです。すなわち、従来品であればこれくらい排出されていたCO2を、新製品であればこれくらいに抑えることができますよ、という主張を定量化したものです。図式化すると、下図のようになります。

出所: WBCSD[2]より

削減貢献量を算定するための4つのステップ

削減貢献量は、大きく4つのステップで算定します。(1)時間的範囲の設定、(2)ベースラインシナリオの設定、(3)2つのシナリオのLCA算定、(4)削減貢献量の算出、の4つです。算定する際にはその前後に、算定の「目的の設定」と、算定結果の「報告・開示」という任意のステップを踏むことも考えられます。ひとつずつ具体的に解説します。

なお、この記事で紹介する内容は経産省 [3]とWBCSD [2] のアプローチを参考にしています。

目的の設定

他のあらゆる開示対応についても同じことが言えますが、開示に向けて算定を行うものについて、その開示の目的と、その報告相手、および報告手段を初めに明確にすることが大切です。

STEP① 時間的範囲の設定

削減貢献量算定の最初のステップは「時間的範囲の設定」です。“時間的範囲”は、“どの期間におけるGHG排出の削減に貢献したか”を示すために設定します。この時間的範囲は「フローベース」と「ストックベース」の2種類が代表的なものであり、算定の際には通常このどちらかを選択することになります。

「フローベース」と「ストックベース」とは

フローベースは対象の製品/サービスのライフエンドまでの削減貢献量に着目する手法で、削減貢献のポテンシャルを示す際に活用することが想定されます。一方ストックベースは、対象の製品/サービスの特定の期間内の削減貢献量に着目する手法で、削減貢献その実績を示す際に活用することが想定されます。

両者の違いを図式化すると下記のようになります。

出所: 経産省[3]より

STEP② ベースラインシナリオの設定

次のステップは「ベースラインシナリオの設定」です。ベースラインシナリオは、削減貢献が期待される新製品/サービスが市場に投入された際のシナリオと比較するために設定します。

ここでは、対象の新製品/サービスの削減貢献量の過大評価を避け、より信頼性のある貢献量を算出するために、最も現実的なシナリオを設定する必要があります。

ベースラインの決定方法:新製品は「代替」か「改善」か?

ベースラインを決める際には、削減貢献量算定の対象製品が、従来の製品の「代替」と「改善」どちらに該当するのかを考えることが効果的です。[2]

ここでいう「代替」とは、従来製品のEOL*に伴って、新製品を従来製品と同じ目的で開発し販売することを意味します。新製品の開発が「代替」に該当する場合、ベースラインとしては新製品と同カテゴリの製品の市場平均排出量を採用します。EOLを迎えているのにも関わらず従来品の排出量をベースラインとして用いる場合、従来品はなかんずく新製品よりもGHG排出量が多い傾向にあり、削減貢献量が過大評価されるためです。

一方で「改善」とは、従来製品のEOLを残した状態で、新製品を従来製品と同じ目的で開発し販売することを意味します。削減貢献量の開示を検討している企業様の多くはこちらのケースが多いと思います。新製品の開発が「改善」に該当する場合、ベースラインは従来品の実績排出量もしくは市場平均排出量を採用します。

新製品の開発が規制による場合は 規制水準のベースラインを設定

なお、これら「代替」や「改善」が規制等の外部要因によって行われる場合には上記とは別に、規制水準の新製品の市場平均値をベースラインとして設定します。

*EOL: End of Lifeの略称で、製品のライフサイクルの期限を意味します。

現実的で説得力ある開示のために

ベースラインの決定方法は少々複雑ですが、いわゆる“ウォッシュ”を防ぎ、より現実的で説得力のある削減貢献をステークホルダーにアピールするためにも、このようなアプローチが有効なのです。

STEP③ 2つのシナリオのLCA算定

続いては、「ベースラインシナリオ」と「新製品/サービスシナリオ」のそれぞれのLCAを算定します。具体的なLCAの算定方法については、弊社の記事「LCAとは?実践的な算定ステップから活用事例まで紹介」をご覧ください。

算定対象はライフサイクル全体だが、例外も

当然、ベースラインシナリオと新製品/サービスシナリオの算定の範囲は同じでなければならず、また極力ライフサイクル全体の評価をすることが望ましいです。ただし、下記のケースに該当する場合は一部の段階のみを対象としてもよいとされています。[3]

  • 評価対象製品・サービス等とベースラインシナリオに関する製品・サービス等がライフサイクルにおいてほぼ同一・類似の段階やプロセスを有している場合。
  • エネルギー多消費機器における製品の使用段階のような、ある段階での温室効果ガス排出量が著しく大きく、他の段階の影響を無視できるような場合。
  • ライフサイクル上のある段階のデータ収集が困難な場合で、結果に大きな影響を与えないことが推察できる場合
経産省[3]より

STEP④ 削減貢献量の算出

最後に、「ベースライン排出量」から「新製品/サービスの排出量」の差を求めて削減貢献量の算出をします。

“組織単位”や“事業単位”の削減貢献率の算定方法

上記では個別製品単位の削減貢献量の算定方法について見てきましたが、事業単位や会社全体などの組織単位での削減貢献量も、下記の要領で算定可能です。

事業単位の貢献量は、上記で算出した「製品あたりの削減貢献量」(=「ベースライン排出量」ー「新製品/サービスの排出量」)に、該当製品の普及量を乗じて算出します。普及量の把握が困難な場合は、生産量や出荷量で計算します。

なお、将来時点の貢献量について算定する場合、妥当なロジックをもとに普及量/生産量/出荷量を推定する必要があります。また、組織単位での削減貢献量は、各事業単位の削減貢献量の和を求める形で算出することができます。

二重計上に注意

複数種類の製品の算定において、同様のベースライン排出量を用いる際には、二重計上に注意です。自社の複数の新製品が、それぞれ同じ従来品の排出量(=ベースライン排出量)の削減を期待する場合には、一方の製品のライフサイクル排出量をベースライン排出量から差し引いた後に、もう一方の製品のライフサイクル排出量を差し引く必要があります。

削減貢献量の基本情報から算定方法まで一通り理解できる、「削減貢献量(WBCSD)解説資料」
⇒資料をダウンロードする

報告・開示

削減貢献量が算出でき、外部への開示を検討する場合には、会社HPや統合報告書/サステナビリティ報告書などの媒体で開示をします。その際には、削減貢献量の算定結果と併せて、下記の内容を開示すべきでしょう。なお、経産省[2]とWBCSD[3]のガイドラインそれぞれを参照した上で、開示すべきものと、開示が望ましいものに分類しました。

必ず開示すべきと考えられているもの

  • 定量化の目的 [2]
  • 評価対象製品/サービス等の機能や内容など [3]
  • 評価対象製品/サービス等の収益が総収益に占める割合 [2]
  • ベースラインシナリオとその設定根拠 [2,3]
  • 定量化の範囲(対象とする段階、対象とする温室効果ガス、定量化の対象範囲)[3]
  • 「フローベース」と「ストックベース」どちらの手法で定量化したか [2]
  • 検証の実施有無(実施した場合には、検証実施者やその内容)[2]

開示が望ましいと考えられているもの

  • データや前提条件の品質 [2,3]
  • 報告手段、報告相手 [3]
  • その他特記事項 [3]

削減貢献量の開示例:パナソニック

パナソニックは、CO2削減貢献量の先進的な開示を行っています。その理由として、①製品単位ではなく複数の事業単位での算定を行っている点、②CO2削減貢献量の“実績”と“目標“の両方を明確に記載している点、が挙げられます。

製品単位での算定よりも工数が増えますが、より現実的な値になっていて、投資家をはじめとするステークホルダーに効果的にアピールできています。また、削減貢献量の目標の開示を通じて自社の排出削減の取組に納得感が出ます。

例えば、「ヒートポンプ式温水暖房機」事業では、2020年度の削減貢献量の実績が110万トン、2024年度の目標が380万トン、2030年度の目標が1100万トンと記載しています。貢献量の根拠になる市場規模を記載している点もポイントです。

出所: パナソニックより[4]

まとめ

以上、この記事では、CO2削減貢献量の概要と算定方法、そして好事例としてパナソニックの開示を解説しました。削減貢献量は、Scope1,2,3の算定方法としてメジャーなinventory accountingという手法では明らかにできなかった、組織のGHG排出削減の取組みとその成果を定量的に可視化する算定手法です。

削減貢献量の算定は、対外開示を通じたステークホルダーへのアピールはもちろん、自社の意思決定にも活用できます。算定は容易ではありませんが、他社に先んじて算定することによってサステナビリティへの取組みにおいて競争力となることでしょう。

#削減貢献量 #算定

温室効果ガス排出量算定の具体的プロセスを知る!

温室効果ガス排出量の「算定」について、一通り理解できるホワイトペーパーです。
「どんなデータ/計算式」を用い、「どんなプロセス」で算定するのかを理解できます。

参考文献

セミナー参加登録・お役立ち資料ダウンロード

  • TCFD対応を始める前に、最終アウトプットを想定
  • 投資家目線でより効果的な開示方法を理解
  • 自社業界でどの企業を参考にするべきか知る

メールマガジン登録

担当者様が押さえるべき最新動向が分かるニュース記事や、
深く理解しておきたいトピックを解説するコラム記事を定期的にお届けします。

リクロマ株式会社

当社は「気候変動時代に求められる情報を提供することで社会に貢献する」を企業理念に掲げています。

カーボンニュートラルやネットゼロ、TCFDと言った気候変動に関わる課題を抱える法人に対し、「社内勉強会」「コンサルティング」「気候変動の実働面のオペレーション支援/代行」を提供しています。

Author

  • 西家 光一

    2021年9月入社。国際経営学修士。大学在学中より国際人権NGOにて「ビジネスと人権」や「気候変動と人権」領域の活動を経験。卒業後はインフラ系研究財団へ客員研究員として参画し、気候変動適応策に関する研究へ従事する。企業と気候変動問題の関わりに強い関心を寄せ、リクロマ株式会社へ参画。